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1939年9月1日・ワルシャワにて

1939年9月1日アドルフ・ヒトラーの率いるナチス・ドイツ軍が「ポーランド侵攻」を行い、第2次世界大戦が勃発した日です。6年間に及んだ戦争は、全世界で膨大な数の犠牲者を出しました。
第2次世界大戦の終結後、ポーランドを含む東ヨーロッパ諸国は、ソビエト連邦の影響下に置かれて共産主義国家になり、40年以上の間「鉄のカーテン」で封鎖された状態が続きました。
開戦から半世紀を迎えた1989年、ポーランドで共産主義政権が崩壊します。6月4日・18日に複数政党による自由選挙(普通選挙)が実現し、共産党の一党独裁支配が終わりました。

ポーランド侵攻による第2次世界大戦「開戦50周年」を記念し、半世紀の苦闘を経て勝ち取った民主化実現を祝うため、1989年9月1日にポーランドの国営テレビ局で特別企画の番組が放映されました。記念講演を含む音楽番組を構想した人は、アメリカ最大の指揮者レナード・バーンスタインさんです。彼の呼びかけにこたえ応じて、ポーランド音楽界の重鎮である作曲家クシシュトフ・ペンデレツキさん、著名な歌手のヘルマン・プライさんやバーバラ・ヘンドリックスさん、アメリカの作曲家・指揮者であるルーカス・フォスさん、ノルウェー人女優のリヴ・ウルマンさんなどが一堂に集まり、ポーランド国立歌劇場で1時間半の演奏会を開きました。少年時代にあの「アウシュヴィッツ強制収容所」を生き延びたポーランド人で、アメリカで法律家になったサミュエル・ピサーさんが、過酷を極めた自らの戦争体験を語りました。
番組の題名「1939年9月1日」《September 1, 1939》は、イギリスの詩人W・H・オーデン(1907年2月21日-1973年9月29日)が開戦の時に書いた詩です。(英語原文日本語訳

<番組の流れ・演奏された音楽> (資料元:アルノルト・シェーンベルク・センター
* 0:00-2:40 開会のあいさつ。番組の司会者が概要を説明し、主な出演者を紹介する。
* 2:40-5:10 レナード・バーンスタインによる記念講演。番組の主題、W・H・オーデンの詩《September 1, 1939》(1939年9月1日)の朗読が行われる。
* 5:10-6:30 ポーランド国歌の演奏 [ロベルト・サタノフスキ(指揮)]
* 6:30-8:35 サミュエル・ピサーが語り始める。(以下:演奏会の曲目の合間に、ピサーの戦争体験談に基づくフィルム・ドキュメンタリーが上映される。)
* 8:35-15:40 グスタフ・マーラー:歌曲集『子供の不思議な角笛』より「レヴェルゲ」(死んだ鼓手) [ヘルマン・プライ(バリトン)ルーカス・フォス(指揮)]
* 17:10-22:10 クシシュトフ・ペンデレツキ『ポーランド・レクイエム』より「涙の日」 [バーバラ・ヘンドリックス(ソプラノ)ペンデレツキ(指揮)]
* 26:00-33:35 アルノルト・シェーンベルクワルシャワの生き残り』 [リヴ・ウルマン(語り)ルーカス・フォス(指揮)]
* 37:05-51:30 ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番 [バーンスタイン(指揮)]
* 54:00-1:01:30 ショパン:ポロネーズ変イ長調 (第6番「英雄ポロネーズ」) [マレク・ドレヴノフスキ(ピアノ)]
* 1:01:30-1:03:00 ピサーが結びの挨拶を行い、もう1度W・H・オーデンの詩を朗読する。
* 1:03:00-1:23:00 バーンスタイン『チチェスター詩篇』 [マルクス・バウアー(ボーイ・ソプラノ)他の独唱者・テルツ少年合唱団&ポズナ二フィルハーモニー合唱団(合唱)バーンスタイン(指揮)]
[オーケストラ:ポーランド国立歌劇場管弦楽団・ポーランド国立放送カトヴィツェ交響楽団|合唱団:ワルシャワ国立フィルハーモニー合唱団・ポズナ二フィルハーモニー合唱団]

記念番組のハイライトに配置された曲は、オーストリアの作曲家アルノルト・シェーンベルク(1874年9月13日-1951年7月13日)の作品『ワルシャワの生き残り』です。ユダヤ人であったシェーンベルクは、ナチスから逃れてアメリカに亡命し、戦争が終わった後の1947年にアメリカで『ワルシャワの生き残り』を作曲しました。この作品はオーケストラと語り手・男声合唱団による7分ほどの短い曲で、ナレーションはドイツ語ではなく、英語で書かれています。(語りの原文・対訳作品解説

September_1_1939_Warsaw   Warsaw_Map

レナード・バーンスタインさんがポーランドを訪れたのは、1959年にニューヨーク・フィルハーモニックを率いた夏のヨーロッパ演奏旅行以来、30年ぶり2度目でした。最初の訪問の時は、前年の1958年に音楽監督に就任したばかりのニューヨーク・フィルとともに、1959年8月18日-20日に首都ワルシャワで3回の演奏会を開きました。地元のジャズクラブでポーランド音楽界の名士たちと交流し、コンサートでは自らの「弾き振り」でピアノ協奏曲を演奏し、最後の演奏会(8月20日)の終演後は、ひとりでステージに戻ってショパンの夜想曲とマズルカを1曲ずつ演奏したそうです。ワルシャワの人々から熱狂的な歓待を受けたのに、その後30年間、彼はこの国で演奏する機会を持てませんでした。
30年ぶり2度目のポーランド訪問で、第2次世界大戦の「開戦50周年」記念日に「平和への祈り」をささげるコンサートを終えた後、当時の政府首脳2人が指揮者用の控室を訪れました。ヴォイチェフ・ヤルゼルスキ大統領は「ポーランド統一労働者党」(共産党)書記長であり、タデウシュ・マゾヴィエツキ首相は独立自主管理労働組合 「連帯」の指導者で、共産党以外の政党から選ばれた初の首相でした。演奏者たちは大統領と首相から熱烈な歓迎を受け、上機嫌になった指揮者は、2人の首脳を歌劇場大食堂での晩餐会に招待しました。
タデウシュ・マゾヴィエツキ氏(1927年4月18日-2013年10月28日)もヴォイチェフ・ヤルゼルスキ氏(1923年7月6日-2014年5月25日)も最近亡くなられ、ここからも四半世紀の歳月の移ろいを痛感します。

ポーランドでの記念番組放映から2か月後、東西ドイツを隔てていたベルリンの壁が、1989年11月9日に突然の崩壊を迎えました。この出来事は世界史の転換点となり、東ヨーロッパ諸国での共産主義崩壊がいっそう加速してゆきました。「ベルリンの壁崩壊」を祝うために、レナード・バーンスタインさんが世界6か国の有志(東西ドイツ・アメリカ・イギリス・フランス・ソ連)による混成オーケストラ・合唱団を臨時編成して、クリスマスの日である12月25日に、ベートーヴェン第9交響曲のキーワード「歓喜」(Freude)を「自由」(Freiheit)に置き換えて歌わせた演奏会は、世界中で絶大な反響を呼び起こしました。
アメリカを代表する知識人のひとりとして、ポーランドとドイツで共産主義崩壊を祝った後、バーンスタインさんの健康状態は急激に悪化し始めました。生涯を通じて、政治的なメッセージの発信にも熱心な人だったのに、1990年10月3日に「ドイツ再統一」が実現した時は、祝賀コンサートの指揮者は死の瀬戸際にあったため、もはや自分の言葉を発信できない状態でした。
そしてついに、1990年10月14日に永遠の別れの時が訪れました。ポーランドでは、あの有名なショパン・コンクール(ショパン国際ピアノコンクール)開催期間中であり、ショパンの命日「10月17日」に執り行われる記念ミサの2日前に、アメリカから巨匠の訃報が届きました。あの歴史的なテレビ講演から、ほんの1年しかたっていないのに…。10月15日の朝、コンクールの第3次予選の開始前に、レナード・バーンスタインさんのために1分間の黙祷が捧げられました。

<本記事の参考文献>
1.ハンフリー・バートン著『バーンスタインの生涯』下巻・54-55ページ、409-410ページ(棚橋志行訳、福武書店刊/翻訳書は上下巻セット)
2.同書の英文原著(«LEONARD BERNSTEIN» written by Humphrey Burton, Doubleday, 1994)305-306ページ、503-504ページ
3.ニューヨーク・フィル自主制作盤「Bernstein Live」解説書・第1巻101-103ページ(10枚組CDボックス・セット、解説書2冊入り)

<演奏曲目のハイライト:シェーンベルク作曲『ワルシャワの生き残り』>
(語り:ヘルマン・プライ/指揮:ホルスト・シュタイン/バンベルク交響楽団)

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ぐるぐるまわしの頂き物

昨年10月25日、東京都内の某所で行われたCD交換会企画「ぐるぐるまわし」第3回。私も3枚のCDを分けて頂きましたが、12月は体調不良の日が続き、自分のブログ記事は越年となりました。
間違いなく、私のクラシック音楽の好みに通じた方からの出品だと思われますが、今回は[ベートーヴェン:交響曲第2番&第7番|レナード・バーンスタイン指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック](ソニー・クラシカル)のCDを頂きましたので、この記事では1枚に絞ってみようと思います。

写真1(左下):今回の頂き物。このアメリカ人指揮者がニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督を務めていた黄金期、1960年代前半に録音した第1回目の「ベートーヴェン:交響曲全集」(CBSソニー)より、第2番と第7番の組み合わせで分売したCD。
写真2(右下):同じ指揮者が後年、CBSソニーからの移籍後、1970年代の終わりにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した、2度目のベートーヴェン交響曲全集録音(ドイツ・グラモフォン)からの分売。これも交響曲第2番&第7番の組み合わせであることから、右に配置した。

BS_NYP_B2&7  BS_VPO_B2&7

BS_NYP_BCS  BS_NYP_B2&7

写真3(左上):旧録音「バーンスタインニューヨーク・フィル」の全集録音ボックス・セット。いつもの使いつけ通販ショップの安売りセールで、ごく最近購入したばかり。2010年再発売の箱物は、それまでとは比較にならないほどの“激安価格”で入手できた。

大変ありがたいことに(?)頂き物のニューヨーク・フィル盤CDは、交換不可能なプラスチック・ケースに収納されています。赤いシールが、長年のファンにとってはたまらないのです。
[CELEBRATE THE RECORDED LEGACY OF LEONARD BERNSTEIN
レナード・バーンスタインによる録音遺産を記念して)-これは1998年にソニー・クラシカルから発売された「BERNSTEIN CENTURY」(バーンスタイン・センチュリー)シリーズに貼ってあるシール。この時に初CD化された音源が多数あり、私はレア物を中心に買い集めました。あれから早くも15年か…。

バーンスタインベートーヴェン全集」は、私のクラシック音楽好きの原点。私は12歳の時、当時の最新録音LPレコードであったウィーン・フィル盤の交響曲第3番『英雄』(後の録音)を聴いて、そこからバーンスタイン・ファン一辺倒になりました。
交響曲第2番と第7番の組み合わせに関しては、旧録音(CBSソニー)と新録音(ドイツ・グラモフォン)を聴き比べてみても、指揮者の解釈に目立った変化はないように思われます。ただし、第7番の第4楽章については、旧録音ではソナタ形式提示部の反復が行われていますが、新録音では反復を省きました。

購入記念日

1992年1月18日。土曜日の昼過ぎ、私はいつものように、学生時代の下宿先から最も近いCDショップを歩き回っていました。お店の入り口に、出たばかりの輸入盤CDが、それぞれ30枚ほど積み上げられていました。「やっと出た! この時をずっと待ち続けていたんだ!」-それはレナード・バーンスタインさんが契約先のドイツ・グラモフォンに残していた「遺作リスト」の最後の2枚だったのです。

[録音時期:1990年2月-3月/オーケストラ:ともにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ブルックナー:交響曲第9番 ニ短調》&《シベリウス:交響曲第1番 ホ短調

1990年10月14日に72歳で亡くなったバーンスタインさんは、最晩年の歳月もドイツ・グラモフォンDG)に膨大な量の録音を行っていたので、予想以上に早く訪れた訃報の後も、レコード会社にかなりの未発売音源が残っていました。私はそれらを「遺作リスト」と呼び、1991年は専らその追跡だけで過ごしました。ついに訪れた最後のリリースが《ブルックナー第9番》と《シベリウス第1番ウィーン・フィルとの録音2点。これが出たら、私は音楽ファン生活最大のよりどころであった「バーンスタインさんの新譜を追いかける」楽しみを永遠に失ってしまうのです。
普段の私は、CDの購入年月日を記録する習慣がありません。所有枚数が増えると、こまめにパソコンのデータベースソフトなどで記録をつけない限り「いつ買ったか」さえ思い出せなくなるものです。それほど、この2枚には特別な思い入れの期待感がありました。1992年1月18日は、私が最も激しく待ち焦がれた「バーンスタインブルックナー第9番」のCDを輸入ほやほやで買い求めた「購入記念日」です。
両者の国内盤CD発売日は、2か月後の1992年3月25日と決まっていました。私は《シベリウス第1番》については「ジャケットの色調が暗い」と考え、こちらは“ジャケット買い”で国内盤を選択しました。

どうしてブルックナーのほうを(シベリウスよりも)激しく待ち焦がれたか。これはバーンスタインさんが1990年7月の来日公演で、極度の病状悪化のためやむなく直前にキャンセルした“いわくつきの”プログラムでした。ウィーン・フィルとの最後の録音が残されたため「これは何としても」と願ったのです。買い求めたその日から、私はいまどきの言葉で“ヘビロテ”(「ヘビーローテーション」の略)をしまくり、ついにCD音盤を壊すところまで行ってしまいました。この1枚には、いちばん大切な人をなくした喪失感の思い出がびっしり詰まっています。

Bernstein_Burial_Costume  Compact_Disc

それから長年の間、私はピアノ独奏曲を中心に、大量のCDを買いまくりました。新たな愛聴盤もたくさんできましたが“ヘビロテ”でCD音盤を壊すところまでは行かず、大部分は「ミチョランマ」(未聴CDの山)に埋もれていきました。
十数年後-私が久しぶりに“ヘビロテ”で壊したCDは、2007年10月に購入したラファウ・ブレハッチさんのDGデビュー盤となった《ショパン:24の前奏曲》でした。長い間「国際音楽コンクール優勝者」に無関心を装い続けた私は、ポーランドから途方もない逸材が現れたことを知らなかったのです(2005年ショパン・コンクールの様子は全く見ませんでした)。何度聴いても飽きず、自然に「ショパンの国から出た逸材」が奏でる表情豊かなピアノの音に魅了されていった私。1992年当時は存在していなかった装置、パソコンのCD-Rドライブで何枚焼いたことか。しまいには、カラーインクジェット・プリンターのCD-R表面印刷機能で(カラーコピーと同じ要領)セットする位置を間違えてしまいました…。
2009年2月、初めて東京のサントリー・ホールへブレハッチさんの演奏会を聴きに行った時(ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番)終演後のサイン会で、ブレハッチさんと指揮者のマレク・ヤノフスキさんに英語で話しかけてみました(本当にやっちゃいましたよ)。
「私は今までの人生で、壊れるまで聴いたCDが2枚あるんですよ。1つはブレハッチさんの《ショパン:24の前奏曲》で、もう1つがブルックナー第9番バーンスタインさんのラスト・レコーディング。…」

現在はドイツ・グラモフォンの看板アーティストを写真入りで掲載する「Artists」のコーナーで、レナード・バーンスタインLeonard Bernstein)のすぐ隣にラファウ・ブレハッチRafał Blechacz)がいます。

Compact_Disc  Blechacz_Chopin_1

時はさらに流れ、2012年1月10日にニューヨークから穏やかならぬニュースが入ってきました。ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏会で「マーラー:交響曲第9番 ニ長調」第4楽章の演奏中に、いきなり聴衆の携帯電話が鳴り出し、3-4分ほども止まらなかったので、指揮者のアラン・ギルバートさん(音楽監督)が演奏を中断するハプニングが起きたそうです。(記事URL
ニューヨーク・フィルハーモニックと《マーラー:交響曲第9番》-かつてレナード・バーンスタインさんが音楽監督を務めたオーケストラと、彼が最も愛した曲の組み合わせ。もし20数年前に(現在のような)携帯電話があって「バーンスタイン指揮/マーラー第9番」の演奏会で鳴り出したなら…。この組み合わせは、いつでも・どこでも唯一無二の音楽体験として語り草になったものです。比較にならないほど大きな波紋となって、世界中に広がっていったかもしれません。私はいつまでも「妄想の世界」から出られないまま、20年あまりの歳月を過ごしてきたようなものです。

THE JOY OF SHARING

Leonard_Bernstein_PMF_1990_Records_1  Leonard_Bernstein_PMF_1990_Records_2

昨年7月初頭のこと、私は1枚のLD(レーザーディスク)を再生しようとして、プレーヤーの電源スイッチが入らないのに気づきました。長期間使っていないと、大型の精密機械はだめになるのでしょうか。
その宝物のLDとは『バーンスタイン最後のメッセージ』(ソニー・クラシカル/1991年)。1990年6月末-7月上旬に札幌で開かれた第1回「パシフィック・ミュージック・フェスティバル」(PMF)において、音楽祭提唱者のレナード・バーンスタインさんが行った《最初で最後の指導》のドキュメンタリー・ビデオ映像です。
(写真左上:レーザーディスク『バーンスタイン最後のメッセージ』ジャケット表面/右上:裏面)

私のブログでは[1918年8月25日-1990年10月14日レナード・バーンスタインさんの専用書庫も設置してあります。きょうは彼の「21回目」の命日です-アメリカ最大のクラシック音楽家との別れ。私があの言い知れぬ喪失感を経験したのは、21歳の秋でした。

DVDが普及すると『バーンスタイン最後のメッセージ』の映像も、2002年に「ドリームライフ・クラシックス」からDVDで出たそうですが、私が情報を見落としました(何て事を!!)。現在は廃盤になり、中古品市場にとんでもない高値の物が少しあるだけです。
昨年(2010年)がバーンスタインさんの「没後20周年」だったことから、ドリームライフ・クラシックスが11点の映像作品をDVDで発売しました。(案内サイト)9月8日発売の第1弾は、1990年夏のPMFリハーサルを再編集した『The Joy Of Sharing』(与えるよろこび)でした。これはおそらく、バーンスタインさんの最初の著書『The Joy Of Music』(音楽のよろこび)からつけたタイトルでしょう。
(写真左下:DVD版『バーンスタイン最後のメッセージ』/右下:新編集DVD『与えるよろこび』)

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1991年版LD『バーンスタイン最後のメッセージ』と2010年版DVD『与えるよろこび』は、往年の映像の編集が大きく異なっているので、両者の相違点を以下にまとめておきます。
* 最大の相違点:レーザーディスクの裏面(Side B)で「シューマン交響曲第2番 ハ長調 作品61」のコンサート本番(1990年7月3日・札幌市民会館)を視聴できたが、新しいDVDでは本番の場面が割愛され、リハーサル風景とインタビューのみの内容になっている。
* リハーサルの収録順序:旧LDは第1楽章-第4楽章の順番通りであるが、新DVDは第2楽章(チャプター2)・第4楽章(4)・第1楽章(6)・第3楽章(7)と変則的な配置にしている。結びのチャプター9は、第3楽章の中から「ゲネプロ」(総練習)シーンを選び、途中から本番の映像に切り替えて締めくくる。

今や伝説となった、第1回パシフィック・ミュージック・フェスティバル開会式におけるレナード・バーンスタインさんのスピーチ。画面によれば、1990年6月26日に音楽祭の開会式が行われました。
「神様が私に与えてくださった時間を、どのように用いるべきなのか。…私の決断は、自分に残された時間とエネルギーの大部分を、教育のために捧げることです。私が持っているものを、できる限り若い皆様と分かち合いたいのです。…」
DVD『与えるよろこび』の解説書によれば、2004年にあのスピーチがプレート化され、札幌・芸術の森にある野外ステージの壁に設置されたそうです。今ではこの野外ステージに「レナード・バーンスタイン・メモリアル・ステージ」の名前があります。

大切な宝物を“持ち腐れ”にした私は、いま愚かなる顛末に直面しています-中古DVD市場で出品者の言いなりになるか、オークションで中古完動品のレーザーディスク・プレーヤーを落札するか。

こちらは発売元「ドリームライフ・クラシックス」による公式サンプル動画で、指揮者とオーケストラが練習している場所は第4楽章の冒頭部分です。

THE JOY OF MUSIC

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The Joy Of Music』(音楽のよろこび)-アメリカ最大のクラシック音楽家、レナード・バーンスタインさんが1959年11月に発表した最初の著書です。
第2次世界大戦の終結後、白黒テレビがアメリカの家庭に普及すると、バーンスタインさんはいち早くテレビの力に注目し、クラシック音楽の教育番組の制作に着手しました。最初の番組は、1954年11月14日にCBSの教育番組シリーズ「オムニバス」で放映されました。これはベートーヴェンの交響曲第5番が作られる過程を読み解こうとした構成で、画期的な音楽番組としてたちまち評判になりました。
著書『The Joy Of Music』は「オムニバス」で放映された7本のテレビ番組の台本に加えて、バーンスタインさんが作り上げた「架空の会話」が3編収載されています。

Leonard Bernstein: «The Joy Of Music»>
* Introduction: The Happy Medium -- 序文:楽しい手段
Part 1: Imaginary Conversations -- 架空の会話 (全3編)
1. Bull Sessions In The Rockies -- 取り留めのない会話、ロッキー山脈にて
2. Whatever Happened To That Great American Symphony?
-- 偉大なアメリカの交響曲に、いったい何が起きたか?
3. Why Don't You Run Upstairs And Write A Nice Gershwin Tune?
-- 階段を駆け上がって、ガーシュウィン風の素敵な曲を書こう!
* Interlude: Upper Dubbing, Calif. -- 間奏:カリフォルニア州アッパー・ダビング (架空の地名)

Part 2: Seven Omnibus Television Transcripts -- 「オムニバス」テレビ脚本 (精選7編)
1. Beethoven's Fifth Symphony -- ベートーヴェンの交響曲第5番
(1954年11月14日、最初のテレビ番組。日本では「ベートーヴェンの『運命』ができるまで」と呼ばれた)
2. The World Of Jazz -- ジャズの世界
3. The Art Of Conducting -- 指揮の芸術
4. American Musical Comedy -- アメリカのミュージカル・コメディ
5. Introduction To Modern Music -- 現代音楽への招待
6. The Music Of Johann Sebastian Bach -- ヨハン・セバスティアン・バッハの音楽
7. What Makes Opera Grand? -- グランド・オペラ(大歌劇)ができるまで

レナード・バーンスタインさんは生涯中に5冊の著書を書き残していますが、私は今までどれも手に取って読む機会がありませんでした。ごく最近、いつものネット通販の「おすすめ商品」を通して『The Joy Of Music』と『Leonard Bernstein: Young People's Concerts』(青少年コンサート)の2冊を英文原書で購入したばかりです。

何年先になるか分かりませんが、ようやく北海道・札幌開催の教育音楽祭「パシフィック・ミュージック・フェスティバル」(PMF)を訪れる「最初の手がかり」を見つけました。中部国際空港⇔新千歳空港のルートを使い、新千歳空港のバスターミナルから、真駒内駅へ向かう直通バスに乗れば、最寄りのホテルにすぐチェックインできることが分かりました。

本記事の動画は、レナード・バーンスタイン作曲のミュージカル『キャンディード』(1956年)より「序曲」を紹介いたします。演奏は1989年12月13日、ロンドン交響楽団を指揮した録音からの映像です。

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Author:SC
とにかく音楽が大好き。クラシック・ポピュラーのCDで自室を埋め尽くしています。

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