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ありのままの自分で ~メーガン・トレイナー~

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昨年を代表する大ヒット曲として、世界中に響き渡ったメッセージ-人はみな「ありのままの自分でいいの」というアピール。こちらは、あのディズニー映画『アナと雪の女王』主題歌の話ではありません。
きょうの題材は《All About That Bass》(オール・アバウト・ザット・ベース)という歌で、アメリカの女性シンガー・ソングライターであるメーガン・トレイナーさんが、デビュー作でいきなり全米の頂点に立った曲です。その題名の意味は「私は重たい身体なのよ」。自らも“ぽっちゃり”の体型をした若い女性が、同じ悩みを抱える無数の人たちを元気づけるために作った歌は、2014年の全米チャートで「8週連続」1位の座に輝き、ファレル・ウィリアムスさんが歌った《Happy》(ハッピー)の「10週連続」に続く大記録を打ち立てました。(ファレル・ウィリアムスHappy過去記事あり)

“bass”(ベース)とは「重低音」のことで、対義語は“treble”(トレブル:高音)です。ステレオ装置で音量・音質の操作が可能な物は、重低音(bass)と高音(treble)の調節つまみがあります。ステレオアンプの調節つまみと語呂合わせをして「私は重低音のようだけどね~」と自己表現しているわけです。大きなお尻にはものすごい魅力があるんだよ。(→女性の幸せは、体型で決まるものではない-。)
この歌詞と公式動画が、世界中で熱烈な大反響を呼び、日本の音楽メディアはメーガン・トレイナーさんを「ぽちゃカワ歌姫」と呼ぶようになりました。(ぽっちゃり+カワイイ)
私がこの曲に興味をそそられたのは、自分も「中年太り」に悩み始めているから。今まで履いてきたスカートが入らなくなってきて、ウエスト総ゴムタイプを買い足す必要に迫られています。

メーガン・トレイナーさんは1993年12月22日、マサチューセッツ州ナンタケット生まれ。ソロ歌手としては《All About That Bass》が「デビュー曲」とはいえ、すでに豊富な音楽経歴を積んでいて、高校生時代から著名なアーティストへの楽曲提供を行っていたそうです。
このたび、メーガンのデビューアルバム『TITLE』(タイトル)の日本盤発売と、待望の初来日公演の計画が決定しました。楽曲解説と歌詞対訳つきの日本盤CDは、3月4日にソニー・ミュージックからリリースされ、来日公演「Meghan Trainor THAT BASS TOUR」(ザット・ベース・ツアー)は4月18日から始まります。(公演情報

«All About That Bass» by Meghan Trainor <歌詞URL日本語訳例

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HAPPY ~PHARRELL WILLIAMS~

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「2014年度最大のヒット作は?」と尋ねられたら、ほとんどの方がディズニー映画『アナと雪の女王』と主題歌『レット・イット・ゴー ~ありのままで~』を挙げるでしょう。今年は洋楽界でも、全世界に浸透した大ヒット曲を聴くことができました。
2014年度最大の洋楽ヒット曲-ファレル・ウィリアムスさん(1973年4月5日生まれ)が世界の頂点を極めた《Happy》(ハッピー)幸せの歌。この曲は日本でも大反響を呼び、いろいろな人たちがネット上に踊りの動画を投稿しています。
日本人の音楽愛好家だと、ファレルの ♪Because I'm happy ~ ♪ の歌声と、繰り返し織り交ぜられる拍手の音を聴いて「坂本九さんの『幸せなら手をたたこう』を思い出す」そんな連想も出るでしょう。国民的スター歌手の九ちゃんが『幸せなら手をたたこう』を高らかに歌ったのは、1964年の東京オリンピックの時でした。歌のヒットから半世紀、歌手の不運な事故死から30年近く、それほどの年月が瞬く間に過ぎて行ったとは…。(『幸せなら手をたたこう歌詞URL

私にはよくあるパターンですが「パロディを聴いて、それから元歌をたどる」。実はファレル・ウィリアムスさんの《Happy》に接したきっかけも、公認パロディからでした。「パロディの帝王」ウィアード・アル・ヤンコビックさんの最新作アルバム『Mandatory Fun』(マンダトリー・ファン)の第11曲に、《Happy》のパロディ曲《Tacky》(タッキー:「ダサい」)が入っているのです。
一見カッコ良さそうに思えるけど、実は「ダサい」こと-ヤンコビックさんが選んだ事例は、替え歌歌詞とともにリンクした「ABC振興会」の日本語訳から概観できます。

«Happy» by Pharrell Williams <歌詞URL日本語訳例


(歌詞・日本語訳詞つきの編集動画。並べて配置されている物)


(Parody) «Tacky» by "Weird Al" Yankovic <歌詞URL日本語訳

さらばジャマイカ

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♪ほら 聞こえてくるだろう やさしいあの歌 うたえば いつも僕らは いつも希望とふたりづれ…♪
世界地図の中、中南米のカリブ海の島国・ジャマイカを見て、NHK「みんなのうた」のレコード盤歌唱を思い出した『さらばジャマイカ』の歌。何とも恥ずかしいことに、今まで知りませんでした-《Jamaica Farewell》は、あのハリー・ベラフォンテさんのヒット曲だったのです。
ハリー・ベラフォンテさんといえば「USA For Africa」のプロジェクト提唱者として、チャリティ・ソングの金字塔《We Are The World》を送り出した「生みの親」ですから、マイケルファンにとっても大切な人のひとりです。マイケル・ジャクソンさんの急逝直後から、彼の没後ファンになった私は、彼のCDや関連グッズなどを次々に買い込む“マイケル貧乏”状態に陥ったのですが、ベラフォンテさんのベスト盤CDもその頃に購入しました。長らく未聴状態だったCDを取り出してみたら、第2曲に《Jamaica Farewell》懐かしいメロディが見つかり、ゆっくりした気持ちで原曲を聴くことができました。

ハリー・ベラフォンテさんは1927年3月1日、ニューヨーク市内の貧民街で生まれ、母親がジャマイカ人であったことから、8歳から14歳までその地に住んでいました。ジャマイカの人たちの生活と音楽を体得した彼は、1940年代後半からアメリカ芸能界に入り、1956年に発表した3枚目のアルバム『Calypso』(カリプソ)でミリオン・セラー歌手に輝きました。
アルバムの第3曲に配置された《Jamaica Farewell》『さらばジャマイカ』は、西インド諸島に伝わる民謡の旋律に乗せて、作詞家のロード・バージェス氏(1924年7月28日生まれ)がロマンティックなオリジナル歌詞を書きました。

ハリー・ベラフォンテ:アルバム「Calypso」> (発表:1956年/全11曲)
1.Day-O (Banana Boat Song) - 『バナナ・ボートベラフォンテを代表するヒット曲。
2.I Do Adore Her
3.Jamaica Farewell - 『さらばジャマイカ』本ブログ記事の題材。
4.Will His Love Be Like His Rum?
5.Dolly Dawn - ドリー・ドーン
6.Star-O
7.The Jack-Ass Song
8.Hosanna
9.Come Back Liza
10.Brown Skin Girl - 褐色の肌の娘
11.Man Smart (Woman Smarter) - マン・スマート

歌の主人公の男性は、北米各地の島々を船で旅しています(おそらく仕事のため)。彼が最も強い愛着を寄せる土地は、カリブ海の島国・ジャマイカです。歌詞によれば、彼の船旅はメーン州(アメリカ最北東部の州・大西洋沿岸)からメキシコまで広範囲に及び、現地の人々と一緒に歌や踊りを楽しみ、市場の食べ物を堪能しながらも、ジャマイカの首都・キングストンに残してきた恋人への思いが募り、悲しくて意気消沈しながらジャマイカを振り返る…カリブ海の伝統音楽「カリプソ」のリズムに乗せて、甘く切ないラブソングが歌われます。

冒頭の日本語訳詞により『さらばジャマイカ』がNHK「みんなのうた」で紹介されたのは、1973年6月-7月の番組でした。峯陽(みね・よう)氏の訳は、英語歌詞を大きくかみ砕いて、日本の若者たちにも覚えやすい構成で書かれています。(訳詞URL:1NHKオンライン
ところが、オンライン検索をかけてみたら、全く違う訳詞も出てきました。鶴岡冬一氏(つるおか・ふゆいち/1917年7月20日-1995年2月12日)の訳は、オリジナルの直訳調に近い内容を、美しい日本語で歌えるようになっています。おそらく鶴岡氏のバージョンのほうが、ずっと前に書かれたのでしょう。(訳詞URL:23

今は日本全国が、とてつもない寒波に覆われ、毎日寒さが厳しくなっています。赤道に近いカリブ海・中南米諸国の天候、ジャマイカは今頃どんな様子でしょうか。ジャマイカで生産されるコーヒー豆は、相当高い割合で日本が輸出先になっているようです。コーヒー豆の労働者たちも『バナナ・ボート』のような歌をうたっているのだろうか…。

«Jamaica Farewell» by Harry Belafonte <歌詞URL日本語訳

詩人が死んだとき

Poet_Mourning_1  Poet_Mourning_2

私は早くから、大学生になったら「第2外国語」はドイツ語をやりたいと決めていて、フランス語には関心がありませんでした。ところが(大学ではドイツ語選択なのに)ラジオの外国語講座を聞くのが大好きな家族がいて、フランス語講座のテキストはもちろん、仏和辞典まで購入したほどです(今は私がその辞書を保管している)。そんな環境の中で、私がそのテキストを通じて、たった1曲だけ覚えたフランス語の歌が、ジルベール・ベコー氏の名曲『詩人が死んだとき』《Quand Il Est Mort Le Poète》でした。
「詩人が死んだとき、彼の友達はみんな泣いた…世界中が泣いた…」

自由を満喫できた学生時代も過ぎ去り、遠い思い出になった後、フランス音楽文化の象徴であったジルベール・ベコー氏は、2001年12月18日肺癌のため74歳で亡くなりました。『詩人が死んだとき』の歌のように、世界中の人たちが彼との別れを泣き悲しみ、墓はあのペール・ラシェーズ墓地の第45区に建てられました。
ジルベール・ベコー:1927年10月24日-2001年12月18日、74歳没]

Quand Il Est Mort Le Poète》の歌は、多芸多才な活躍から「千の顔を持つ男」と称賛された芸術家ジャン・コクトーへの追悼曲として、1965年に書かれた作品です。
1963年10月11日:フランス文化最大の損失・世界中が泣いた日>
* エディット・ピアフ(1915年12月19日-1963年10月11日)-女性歌手。
* ジャン・コクトー(1889年7月5日-1963年10月11日)-詩人。この歌の題材。
その日の朝「エディット・ピアフ死去」の知らせが伝えられると、国民的スター歌手の死に多大なショックを受けたジャン・コクトーは、数時間後に心臓発作を起こして亡くなりました。

ジルベール・ベコー氏は傑出したシンガー・ソングライターとして知られ、自分の持ち歌の作曲・ピアノ演奏を手がけました。《Quand Il Est Mort Le Poète》の作詞者は、ルイ・アマード氏(1915年1月13日-1992年10月4日)です。
フランス最大の作詞家のひとり、ピエール・ドラノエ氏(1918年12月16日-2006年12月27日)と共作した曲の中には、歌詞が英語に翻訳されて、世界中の歌手たちのカバーで広まった超人気作もあります。
* 《Je T'appartiens》『神の思いのままに』→《Let It Be Me》…エヴァリー・ブラザーズが英語訳の歌詞で大ヒットさせた。
* 《Et Maintenant》『そして今は』→《What Now My Love》…越路吹雪さんなど、日本語のカバー歌唱も多く存在する。
詩人が死んだとき』も1971年4月-5月にかけて、NHK「みんなのうた」で紹介され、日本語訳詞は薩摩忠氏(1931年1月29日-2000年3月24日)が担当しました。(NHKオンライン

私が別サイトを利用して「音楽家の誕生日・命日データベース」を調べ始めたのは、3年前の10月後半あたりからでした。究極の目的は「ブログのネタの幅を広げるため」なのに、毎日の調べ物の疲れが溜まってきて、肝心の記事更新に身が入らず“本末転倒”状態に陥りました。
調べ物を始めた直後、3年前の12月18日に「ジルベール・ベコー没後10周年」に気づき、学生時代にラジオ講座のテキストで覚えた『詩人が死んだとき』の歌を思い出したのですが、あの時は気持ちにゆとりがなくて、下書きもできない状態でした。それから1年、2年と延期…苦節3年、ようやく自分なりの形に整理できました。

«Quand Il Est Mort Le Poète» by Gilbert Bécaud <歌詞URL日本語訳
(Paroles: Louis Amade / Musique: Gilbert Bécaud)

TO FEEL THE FIRE ~STEVIE WONDER~

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【知らない外人が「ワンオク」をパクッた!?】→[???] (J-CASTニュース
10月末のニュースで、とても信じられない「ジェネレーションギャップ」のネタが入りました。キリンビバレッジの缶コーヒー「FIRE」(ファイア)新CM放映が始まった時、若者たちがネット上で、大人たちには到底信じられない非難の声を上げたというのです。
ネットの若者たちが「知らない外人」と呼んだのは、何とあのスティーヴィー・ワンダーさん。例のコマーシャルソング《To Feel The Fire》は、1999年にワンダーさん自身がキリンビバレッジの委嘱を受けて、新製品の缶コーヒーのために書き下ろした楽曲であり、これまでも多くの日本人アーティストにカバーされてきました。
ワンオク」こと「ONE OK ROCK」(ワンオクロック)は、5枚目のシングル「アンサイズニア」(2011年2月16日発売)の中に《To Feel The Fire》のカバー歌唱を収録しています。そのバージョンが高評価を獲得したのは良い事なのですが、彼らのファンの若者たちが、偉大なる原作者の名前も知らないとは…(不思議だ)…。

ONE OK ROCKワンオクロック→「ワンオク」4人のメンバー>
* Taka(本名:森田貴寛/1988年4月17日生まれ)…ボーカル担当。大部分の楽曲の作詞・作曲を手がけるリーダー。森進一森昌子[元夫妻]の間の長男で、以前はジャニーズのグループ「NEWS」に所属したこともあった。
* Toru(本名:山下亨/1988年12月7日生まれ)…ギター担当。元「HEADS」メンバー。
* Ryota(本名:小浜良太/1989年9月4日生まれ)…ベース担当。元「HEADS」メンバー。
* Tomoya(本名:神吉智也/1987年6月27日生まれ)…ドラムス担当。

いつの時代も「ジェネレーションギャップ」世代間の隔絶はつきもの。「今どきの若い者は…」この前までは先輩たちから言われていたのに、後輩たちの新世代が成長すると、自分たちとの相違点が分かりづらく感じて、ついつい言ってしまうのだろうか。それにしても…このネタの場合、あまりにも偉大な音楽界の巨人スティーヴィー・ワンダーさんが「知らない外人」と呼ばれるなんて、本当の話だろうか?!

私は小さい頃から「自動販売機」のソフトドリンクが大好きで、アサヒ飲料の「バヤリースオレンジ」がお気に入りだったことから、同社が1997年に発売した缶コーヒー「WONDA」(ワンダ)のコマーシャルを見ていました。キリン「FIRE」の新発売は「WONDA」登場の2年後でしたから、それでスティーヴィー・ワンダーさんの書き下ろし新曲コマーシャルソングも聴いていたわけです。(過去記事あり)
Wonda Wonda Wonda Wonda, Wonda Wonderful Yea!!♪
Fire, fire, fire ... fire. ♪ [いつもの事:商品名を連呼して覚えさせる]
これもまた世代と感覚の違いでしょうか、現在のWONDAコマーシャルは「AKB48」のメンバーが担当しているけれど、私自身は十数年前の最初期のコマーシャルを懐かしく感じます…。

«To Feel The Fire» by Stevie Wonder <歌詞URL日本語訳


(カバーはどっちだ?!→「ONE OK ROCK」歌唱バージョン)

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とにかく音楽が大好き。クラシック・ポピュラーのCDで自室を埋め尽くしています。

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