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菩提樹

Schubert_Winterreise  Schubert_Lindenbaum

菩提樹』 (作曲:Franz Schubert/日本語訳詞:近藤朔風
(原作詩:Wilhelm Müller) <歌詞URL:日本語訳原詩・対訳

「歌曲王」と呼ばれるフランツ・シューベルト(1797年1月31日-1828年11月19日)は、31歳9か月という短い生涯の間に、1000曲にものぼる作品を書き残しました。その中でも『美しき水車小屋の娘』(1823年)『冬の旅』(1827年)『白鳥の歌』(1828年)は「三大歌曲集」として広く知られています。
本ブログの過去記事では、開設した年の2010年11月19日付で『美しき水車小屋の娘』の最終曲である『小川の子守歌』《Des Baches Wiegenlied》を聴きながら、作曲家の命日を考えたことがありますが、シューベルトの歌曲に関する記事はそれっきりでした。(2010/11/19

シューベルトが死の前年に、彼の全精力を傾けた全24曲の連作歌曲集『冬の旅』は、4年前の1823年に書いた『美しき水車小屋の娘』と同じく、ヴィルヘルム・ミュラー(1794年10月7日-1827年10月1日)の詩に曲をつけたものです。第5曲『菩提樹』《Der Lindenbaum》は作曲直後から広く知られ、日本でも近藤朔風(こんどう・さくふう、1880年2月14日-1915年1月14日)の訳詞で歌われてきました。
♪泉に添いて 茂る菩提樹…♪
冬の旅』の主人公は、失恋の痛手に苦しみ、村を離れて放浪の旅に出ますが、どこにも安らぎを見いだすことができません。途中で1本の菩提樹を見つけ、木の幹に愛の言葉を彫りますが、枝が風にそよぎながら「あなたの安らぎはここに」と呼びかける音にも、耳を背けて去って行きます。

冬の旅』 ヴィルヘルム・ミュラーの詩による連作歌曲集 <全訳
«Winterreise» Liederzyklus nach Gedichten von Wilhelm Müller
1.Gute Nacht (おやすみ)
2.Die Wetterfahne (風見)
3.Gefrorne Tränen (凍った涙)
4.Erstarrung (氷結)
5.Der Lindenbaum菩提樹
6.Wasserflut (溢れる涙)
7.Auf dem Flusse (川の上で)
8.Rückblick (回想)
9.Irrlicht (鬼火)
10.Rast (休息)
11.Frühlingstraum (春の夢)
12.Einsamkeit (孤独)
13.Die Post (郵便馬車)
14.Der greise Kopf (霜おく頭)
15.Die Krähe (からす)
16.Letzte Hoffnung (最後の希望)
17.Im Dorfe (村にて)
18.Der stürmische Morgen (嵐の朝)
19.Täuschung (幻)
20.Der Wegweiser (道しるべ)
21.Das Wirtshaus (宿)
22.Mut (勇気)
23.Die Nebensonnen (幻の太陽)
24.Der Leiermann (辻音楽師)

明治後期から大正初期にかけて活動した訳詞家・近藤朔風も、作曲家シューベルトと同じく、あまりにも薄命だった天才芸術家のひとりでした。朔風が1915年(大正4年)1月14日に「34歳11か月」という若さで急逝してから、ちょうど100年目を迎えた命日に『ローレライ』(ハイネ作詞/ジルヒャー作曲)をブログで調べたばかりです。(2015/01/14
富山大学教育学部紀要近藤朔風とその訳詞曲再考」研究論文によれば、彼が35年足らずの短い生涯中に手がけた訳詞は、ドイツ歌曲が圧倒的に多い中で、バンジャマン・ゴダール(1849年8月18日-1895年1月10日)作曲『ジョスランの子守歌』のようなフランス歌曲もあり、ショパンの歌曲『乙女の願い』まで残っているそうです(15-18ページ)。

シューベルト作曲『菩提樹』の訳詞は、1909年(明治42年)11月発行の唱歌集「女聲唱歌」(全25曲収載/天谷秀・近藤逸五郎編/水野書店)に収められました。全25曲中14曲の訳詞を近藤朔風(文名)が自ら書き、『ローレライ』やヴェルナー作曲『野ばら』もこの歌集に取り上げられました。(「女聲唱歌」曲名一覧:うたごえサークルおけら
朔風はどのようにして、訳したい楽曲を選んでいたのだろう。シューベルトの歌曲集《Winterreise》からは第5曲《Der Lindenbaum》を選んで『菩提樹』の訳語を当て、木の枝が歌曲集の主人公に呼びかける言葉に「ここに幸あり」を当てるとは。名訳詞家の手によって、シューベルトを代表する名作歌曲が、日本人の心にも届くしかたで伝えられたのです。

(日本語訳詞歌唱。ソプラノ歌手・鮫島有美子さんによる)


(《Winterreise》ドイツ語歌唱。バリトン独唱:ヘルマン・プライによる)

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エストレリータ ~小さな星~

EstrellitaEstrellita

音楽でフランスとジャマイカを旅したら、今度はカリブ海に近い大国・メキシコの「最も広く知られたクラシック音楽のメロディー」を聴いてみましょう。
「メキシコ近代音楽の父」と呼ばれる作曲家、マヌエル・マリア・ポンセ(1882年12月8日-1948年4月24日)による《Estrellita》(エストレリータ:『小さな星』)の旋律は、いろいろな場面で耳にされた方が多いでしょう。

Estrellita》(エストレリータ)は、20世紀を代表するヴァイオリンの巨匠ヤッシャ・ハイフェッツ(1901年2月2日-1987年12月10日)の編曲によって広まり、現在はヴァイオリンのみならず、多種多様な楽器による編曲演奏が行われています。元来は「メキシコ歌曲集」(1914年出版)の中に収められたスペイン語歌曲であり、ポンセ自身が作詞も手がけました。(オリジナル:原詩日本語訳

現時点での動画サイト内から《Estrellita》最初の編曲者、ヤッシャ・ハイフェッツ氏によるヴァイオリン演奏版が見つかりましたので、記事の最後に巨匠の名演奏をお楽しみくださいませ。

ホフマンの舟歌

Hoffmann_Barcarolle_1  Hoffmann_Barcarolle_2

天国と地獄』序曲などで有名な、フランスの作曲家ジャック・オッフェンバック(1819年6月20日-1880年10月5日)。彼は生涯の最晩年、超大作オペラ『ホフマン物語』《Les Contes d'Hoffmann》の作曲に心血を注ぎましたが、残念ながら途中で亡くなってしまい、これが「未完成の絶筆作品」になりました。(『天国と地獄過去記事あり)
未完のオペラの補筆完成は、彼の親友であった作曲家エルネスト・ギロー(1837年6月23日-1892年5月6日)の手で施され、1881年2月10日にパリの「オペラ・コミック座」で初演が行われました。

<オペラ『ホフマン物語』の概要>
* 原作:E・T・A・ホフマンの短編小説『砂男』『大晦日の夜の冒険』『顧問官クレスペル』に基づく。
* 脚本:フランス語、ジュール・バルビエ&ミシェル・カレの2人が作成。
* 作曲:ジャック・オッフェンバックによる。彼自身の手で完成できなかった部分は、エルネスト・ギローが補筆を行った。

ドイツの小説家E・T・A・ホフマン(1776年1月24日-1822年6月25日)は、本名「エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン」(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann)といいます。彼は非常に多芸多才な芸術家として有名であり、小説家・作曲家・評論家・法律家として優れた業績を残しました。
ホフマンは自分と同年代であったベートーヴェンの音楽を高く評価し、自らの著作の中でベートーヴェンの交響曲第5番(1808年初演)を評論したこともあったそうです。ベートーヴェンホフマンに感謝の手紙を書き、彼の姓“Hoffmann”にひっかけた2声カノンを作曲しました。
[参照資料元:武川寛海著『音楽史の休日』(音楽之友社、1972年11月刊)148-154ページ]

ジャック・オッフェンバックは1877年から『ホフマン物語』の作曲に着手し、全5幕物のオペラにまとめ上げる予定でした。脚本の中では、3編の短編小説の原作者E・T・A・ホフマン自身を主人公に据えて、彼が経験してきた3つの悲恋物語を語らせる設定にしています。(世界の民謡
最も有名な『ホフマンの舟歌』は、オペラの第4幕に置かれています。歌い出しの部分から《Belle nuit, ô nuit d’amour》(美しい夜、おお恋の夜よ)と呼ばれ、舟歌のリズムに乗せて、ソプラノとメゾ・ソプラノによる二重唱で歌われます。

19世紀後半を代表する大作曲家のひとり、ジャック・オッフェンバックが生涯の最後に遂げられなかった野望-E・T・A・ホフマンを題材にした壮大なオペラ。『天国と地獄』序曲と並んで、幅広く親しまれてきたオッフェンバックの有名なメロディー『ホフマンの舟歌』を、彼の命日・10月5日のブログ記事の題材に選んでみました。


(『ホフマンの舟歌』管弦楽編曲版。舟歌の旋律を弦楽合奏で演奏する)

天国と地獄

Heaven_And_Hell_Running_1  Heaven_And_Hell_Running_2

今年の「スポーツの秋」は、思いがけない最高のニュースから始まりました。男子プロテニスの錦織圭選手が「全米オープンテニス」準優勝に輝いたのです。テニスのグランドスラム大会(世界4大大会)で日本人選手がシングルス決勝のコートに立ったのは、男女を通じて史上初の偉業でした。

スポーツの秋といえば、日本各地の学校行事「運動会」「体育祭」の季節でもあります。運動会のムードを盛り上げるために、テンポの速い曲が競技のBGMに流されます。きょうはほとんどの皆様が聞き覚えのある有名なメロディー、オッフェンバック作曲『天国と地獄』を聴いてみましょう。

天国と地獄』の正式な曲名は、ジャック・オッフェンバック作曲の喜歌劇《Orphée aux Enfers》(原題・脚本はフランス語)の序曲です。日本語訳の題名は『地獄のオルフェ』ですが、1914年(大正3年)に帝国劇場で日本初演が行われた時『天国と地獄』の題名で紹介されたことから、現在でも『天国と地獄』の題名のほうが(直訳による正式名称)『地獄のオルフェ』よりも幅広く親しまれています。
フランスの作曲家ジャック・オッフェンバック(1819年6月20日-1880年10月5日)は、1858年10月に初演したオペレッタ《Orphée aux Enfers》の大成功により、作曲家としての名声を確立しました。

序曲を聴き始めると『天国と地獄』の有名な旋律は、すぐには出てきません。この序曲は3部構成で書かれているため、第1部・第2部の演奏中は「まだ出てこないかな~」待ち遠しくなりそうです(私の個人的な印象)。全体の4分の3ほどが過ぎてから、やっと第3部の「カンカン踊り」(フランス発祥のダンス)のギャロップが始まります。ここまで来れば、かけっこ(徒競走)のイメージを思い出す…。

交響曲「HARIKOMI」 ~新垣隆~

全聾の作曲家・佐村河内守はペテン師だった!】 <週刊文春・2014年2月13日号>
佐村河内守氏の「ゴーストライター問題」が発覚し、空前の大騒動になった時から、いつしか半年ほどの時間が過ぎました。
私が思ったのは「クラシック音楽ファンは、ほんとうにヒマだな」。ブログサービスでも、新着記事のカテゴリで「クラシック」に投稿される記事が、にわかに激増したものです。普段はクラシック音楽を聴かない人たちでも、この“偽ベートーベン”の不可解なキャラクターが面白かったのでしょうか。
あの物語は全然知らなかった私ですが、偽物だと分かってから「こんな事があったな」後々の話の種にしようかと考えて、オークションサイトで「佐村河内守作曲」3枚のCDを揃えました。

一連の大騒動の後、佐村河内氏の虚像を暴露した「週刊文春」編集部が、彼のゴーストライターを務めていた新垣隆氏に作曲依頼を持ちかけました。「週刊文春のテーマ曲」として、交響曲『HARIKOMI』(張り込み)を作ってほしいというのです。新垣氏は6月にこのユニークな依頼を受け入れ、7月19日の夜に「ニコニコ23時間テレビ」で新作交響曲の音源公開を行いました。(文春URL1ニコニコ生放送

新垣氏の新作発表から半月後に、再び続報記事が入りました。作曲活動の代行業者を失った元の依頼主が『張り込み』交響曲に“ダメ出し”をつけたとのこと。やはり例の“肩書き”は偽物で、彼はちゃんと音を聴いているようです。(文春URL2


[本記事のおまけ] 【替え歌】 『壊れかけの人生〜佐村河内守の気持ち〜』
(元歌:徳永英明壊れかけのRadio』) <歌詞URL替え歌動画

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とにかく音楽が大好き。クラシック・ポピュラーのCDで自室を埋め尽くしています。

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