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みちのくひとり旅

みちのくひとり旅』 (歌・山本譲二/作詞・市場馨/作曲・三島大輔) <歌詞URL:12

山本譲二さんの代表曲『みちのくひとり旅』をはじめ、演歌の作曲家として知られた三島大輔(みしま・だいすけ)氏が、2月22日に腎臓癌のため73歳で亡くなられました。
みちのくひとり旅』は私が小学校高学年の時に大ヒットした曲ですが、この人は他にどんな作品を書き残したのだろうか。彼の所属事務所の公式ホームページから、いくらか確認できました。

♪たとえどんなに つめたく別れても…♪
私が小学生の時に覚えたのは、歌詞のこの部分ぐらい。1番・2番の歌が終わった後、全く新しいメロディーで ♪たとえどんなに…♪ のクライマックスへ持って行きます。
大変残念なことに、当時の私は『みちのくひとり旅』が好きになれなくて、小学生の柔らかい頭で歌詞を暗記し損なってしまいました。今から覚えようとしたら、固くなった頭では手間がかかりそうだな…。

みちのくひとり旅』のシングル盤発売日は、1980年(昭和55年)8月5日でした。この曲がロングセラーになったことで、山本譲二さんは1981年に多数の音楽賞を受賞し、大晦日のNHK紅白歌合戦にも初出場を果たしました。同時期の大ヒット演歌には、竜鉄也さんの『奥飛騨慕情』もありました。
「みちのく」(陸奥)は東北地方をさす、広範囲な呼称。東北新幹線の開業日は1982年(昭和57年)6月23日であり、最初は[大宮⇔盛岡]間の運行から始まりました。ちょうど『みちのくひとり旅』の大ヒット直後から「やまびこ」号と「あおば」号が走り出したことになります。
28年間の歳月を経て、ようやく2010年(平成22年)12月4日に東北新幹線の全線開業[東京⇔青森]が実現しましたが、わずか3か月後の2011年3月11日東日本大震災が起きました。あれからもうすぐ4年…みちのくの地の復興は、何と険しい道のりだろう…。
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だれかが風の中で

Kogarashi_Monjiro  Kogarashi_Monjiro  Kogarashi_Monjiro

だれかが風の中で』 (歌・上條恒彦/作詞・和田夏十/作曲・小室等) <歌詞URL

まだまだ厳しい寒さが続き、木枯らしも吹く2月。今月最初の記事は、テレビドラマ「木枯し紋次郎」の主題歌『だれかが風の中で』(1972年)を聴いてみましょう。

♪ど~こかで~ だ~れかが~♪
上條恒彦さんならではの骨太な歌声が、テレビを通して響き渡った名作。『だれかが風の中で』の歌詞を手がけた「和田夏十」(わだ・なっと)とは、シリーズの制作指揮を執った市川崑監督の妻・由美子さんのペンネームです。彼女は夫の作品を中心に、優れた脚本家として活動しましたが、1983年2月18日に62歳で亡くなりました。
小室等さんと上條恒彦さんは長年の音楽仲間であり、「上條恒彦六文銭」の出世作『出発の歌~失われた時を求めて~』(たびだちのうた)も、小室さんが曲を書きました。(『出発の歌過去記事あり)
マカロニ・ウエスタン風の斬新な編曲を施したのは、あの寺島尚彦氏で、作曲者・小室等さんからの依頼で実現したそうです。

多数の時代小説・推理小説を残した笹沢左保氏(ささざわ・さほ、1930年11月15日-2002年10月21日)最大のヒットシリーズ「木枯し紋次郎」。時代小説をほとんど読まない私が『だれかが風の中で』の歌に出会えたのは、フォークソングマニアなのと、上條恒彦さん&小室等さんとの繋がりで『出発の歌』が気に入ったからでした。

紋次郎役を演じた主演俳優・中村敦夫さんについては、最近新たな情報が入り、2015年上半期のNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「まれ」への出演が決定しています。(NHKオンライン

TOMORROW ~After 1995.1.17~

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1995年1月17日・午前5時46分-阪神・淡路大震災発生から20年。あの巨大地震で、関西地方に住む人たちの生活は、一瞬にして崩れ去ってしまいました。死者数は6千人を超え、戦後に起きた自然災害として、1959年9月26日の伊勢湾台風を上回る大惨事になりました。
都市部を襲った震災により、阪神高速神戸線山陽新幹線などの高架橋倒壊が起こり、あの時も復旧までに膨大な時間がかかりました。

20世紀の世界史は「2つの世界大戦」を経験しましたが、これからの日本史は「2つの大震災」-阪神大震災東日本大震災を、どのように語り継いでゆくのでしょうか。
私が以前から気になっていることは「現在の社会科教科書の中では、阪神大震災をどのように教えているのだろうか」。社会科の教育、とりわけ歴史分野は「日進月歩」で変わっていきます。自分の学生時代には起きていなかった出来事も、育ちゆく子供たちには、既定事実のほんの一部にすぎません。

1995年を代表するヒット曲といえば、何があっただろうか。第37回日本レコード大賞受賞曲は『Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~』(歌・trf)が選ばれ、小室哲哉さんが音楽プロデューサーとして頂点を極め始めた頃。前年の1994年に日本レコード大賞を獲得した“ミスチル”ことMr. Children(ミスター・チルドレン)も、怒濤の快進撃を続けていました。
その中にあって、阪神大震災の被災者たちを元気づけた歌のひとつに、シンガー・ソングライター岡本真夜さんのデビュー曲『TOMORROW』がありました。この曲のシングル盤は、震災発生から4か月後の1995年5月10日に発売されて、200万枚を超える売り上げを記録しました。(時代の変化もあり、岡本さんにとっては後にも先にも唯一のミリオン・セラーだそうです。)
♪~ アスファルトに咲く花のように…♪
この表現の斬新さが、発表当時から大評判を呼び、『TOMORROW』は1996年の選抜高校野球入場行進曲にも採用されました。♪明日は来るよ…♪

TOMORROW』 (作詞・岡本真夜&真名杏樹/作曲・岡本真夜) <歌詞URL

あなた

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あなた』 (作詞・作曲/小坂明子) <歌詞URL:12

寒い冬の日に、小さな少女の夢を描き「大きくなって結婚したら、こんな家に住みたいな」。そんな憧れを若々しく歌い上げた『あなた』-いとしいあなた、甘美な歌は今どこにあるのだろう。このノスタルジックな名曲を生み出した小坂明子さんが、きょう58歳のお誕生日を迎えられました(1957年1月2日生)。
♪もしも私が家を建てたなら…♪ 当時16歳の少女だった小坂明子さんが歌詞に描き、ピアノを弾きながら歌い上げた「憧れの家」のたたずまい。ひとつひとつ、どれを取っても素敵な夢の暮らしです。可愛い子犬や坊やの横に『あなた』がいてほしい、愛しい人は今どこにいるの…。

1973年に作られた『あなた』は、ともにヤマハ主催の音楽家育成イベント「第6回ポピュラーソングコンテスト」(略称・ポプコン)と「第4回世界歌謡祭」でグランプリ受賞曲に輝き、同年末の12月21日に発売されたシングル盤は瞬く間にミリオンセラーとなり、やがて社会現象を起こしました。(資料URL:12
あなた』の後は、ヒット曲に恵まれず「一発屋」の印象もある小坂明子さんですが、あれ以後の彼女の人生はどうなったのでしょうか。比較的最近のインタビュー記事を読む機会があり、その中にご主人の話題も出ていたので「結婚できたんだな」と分かり、何となくほっとしました(息子さんが2人いる)。ご自身の公式サイトとブログもお持ちで、そこから最近の音楽活動を知ることができます。

襟裳岬

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襟裳岬』 (歌・森進一/作詞・岡本おさみ/作曲・吉田拓郎) <歌詞URL

いろいろな出来事があった2014年も、残りわずかになりました。ブログでさまざまな日本のヒット・ポップスを調べていくうちに、私の中で「40年前の音楽をリアルタイムで味わいたかった」遡及不可能な思いが強くなってきました。この世に生まれていたけれど、まだまだ幼すぎて、大人たちの歌の意味までは分からなかった、遠い昔の思い出をたどってみたい。
ちょうど40年前、1974年(昭和49年)の大晦日「第16回日本レコード大賞」に輝き、この年の音楽シーンを締めくくった曲は、森進一さんの『襟裳岬』(えりもみさき)でした。レコード大賞授賞式に続いて、第25回NHK紅白歌合戦の華々しい祭典が開催され、トリ・島倉千代子さんと大トリ・森進一さんが実り豊かな年の最後を『襟裳岬』の「同名異曲」競演で締めくくりました。

襟裳岬」の場所は、北海道南部にそびえ立つ「日高山脈」の最南端部、幌泉郡(ほろいずみぐん)えりも町にあります。南の最果ての岬は、1年を通して冷たい強風が吹き荒れ、厳しい気候の中に雄大な自然が広がっています。ここは日本地図を眺めても、とてつもなく遠い絶壁のように感じられます。
♪襟裳の春は 何もない春です…♪
森進一さんの『襟裳岬』の歌詞で、最も話題を呼んできたサビの部分。当然ながら、えりも町の地元住民が反発を表明したこともあります。それでも、歌の浸透とともに、襟裳岬を訪れる観光客の数は増えてゆきました。現在は襟裳岬に歌碑が2基並んで建ち、右側に島倉千代子さん、左側に森進一さんの歌碑が建っています。
島倉千代子さんの『襟裳岬』は、シングル盤発売は1961年5月で、先に出た曲も100万枚を売り上げるほどの人気作になり、歌碑は1971年に建立されました。それから3年後に森進一さんが「同名異曲」で日本音楽界の頂点を極め、こちらの歌碑は大ヒットから23年後の1997年に完成しました。

森進一さんの歌は、変ホ長調(フラット3つ、E-flat major)で書かれた旋律が、襟裳の雄大な自然の広がりや厳しい気候を立体的に表現しています。幼き日の私も、無意識のうちにテレビ越しで聴いたか、何も記憶にないのですが、吉田拓郎さんの曲の凄さは「肌で分かる」ように感じました。
本当は「自分の観光体験」を基にして、思い入れたっぷりに書ければよいのですが、愛知県の温暖な地で寒がりの暮らしを送っている私には、北海道の最果ての襟裳岬は「一生行く機会のない地」のように思えます。最寄りの観光地「襟裳岬・風の館」の観光案内公式サイトを、記事に貼ってみました。

襟裳岬』 (歌・島倉千代子/作詞・丘灯至夫/作曲・遠藤実) <歌詞URL
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Author:SC
とにかく音楽が大好き。クラシック・ポピュラーのCDで自室を埋め尽くしています。

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