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タンホイザー

今年はブログ更新への意欲を失い、わずかな記事しか書けなかった私。2013年の「節目の大作曲家」であるリヒャルト・ワーグナー1813年5月22日-1883年2月13日)とジュゼッペ・ヴェルディ1813年10月10日-1901年1月27日)の「生誕200周年」に関連した記事さえ、何ひとつ書かないままでした。
ドイツのワーグナーとイタリアのヴェルディは、2人とも傑出したオペラ作曲家でした。ところが、私は昔からオペラ鑑賞が苦手で、有名オペラの全曲盤CDを買ったことさえないのです(本当)。
苦手意識を抑えながら、ワーグナー誕生日の5月22日ヴェルディ誕生日の10月10日に、表面を繕っただけの「生誕200周年記念」記事を書いたとしても、熱心な聴き手の方のようにできるはずがありません。

とにかく1本でも記事を増やして“年越し記事”も何か書きたい。1年を通して、ずっと忘れていたワーグナーヴェルディの作品の中から、ワーグナー作曲『タンホイザー』序曲を選んでみました。
ワーグナーの歌劇『タンホイザー』(全3幕)は、作曲者が32歳の年、1845年10月19日にドレスデンで初演された作品です。ワーグナーは早くから、自分でオペラのドイツ語台本を書く人でした。

それでは、リヒャルト・ワーグナー作曲の歌劇『タンホイザー』序曲を、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏でお楽しみくださいませ。

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ふじの山

Mt._Fuji_1  Mt._Fuji_2

2013年6月22日、日本の最高峰・富士山がユネスコの「世界文化遺産」に登録され、世界遺産としての正式名称は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」に決定しました。(参考資料:12など)
「信仰の対象と芸術の源泉」といえば、今から100年ほど前に作られた、有名な文部省唱歌『ふじの山』を思い浮かべる方は多いことでしょう。

ふじの山』 (文部省唱歌/作詞・巖谷小波/作曲・不詳) <歌詞URL:123

1.あたまを雲の上に出し/四方の山を見おろして
かみなりさまを下に聞く/富士は日本一の山
2.青空高くそびえ立ち/からだに雪の着物着て
霞のすそを遠く曳く/富士は日本一の山

♪ふ~~じ~は~にっ~~ぽ~ん~い~ち~の~~やま~~♪
私も小学校で習い、今なお強烈な印象が残る名作唱歌『ふじの山』。これまで富士山近辺を道楽旅行したことはありませんが、東海道新幹線「新富士⇔三島」間の車窓からは、天候の良い日に富士山の裾野を見渡すことができます。まさしく歌詞の通り「あたまを雲の上に出し…」畏敬の念を抱かせる風景です。
ここ十数年は、ゴルフ観戦で「三井住友VISA太平洋マスターズ」のテレビ中継を見ています。日本屈指の名門コース「太平洋クラブ御殿場コース」は、文字通り日本一の山の「かすみのすそをとおくひく」位置にあって、いろいろなトッププロ選手たちのスーパーショットを堪能できます。

作詞者の巖谷小波(いわや・さざなみ、1870年7月4日-1933年9月5日)は、日本における「児童文学」の先駆者として活動した作家です。彼は「日本昔噺」「日本お伽噺」「世界お伽噺」など、日本国内外に伝わるお伽噺(おとぎばなし)の本を多く書き、口演童話の紹介活動に力を注いだ「お伽噺のおじさん」として有名でした。彼の名前を冠した「巖谷小波文芸賞」は、現在も高い権威を持っています。

ふじの山』の初出は、1910年(明治43年)7月刊行の「尋常小学読本唱歌」(全学年)でした。この文部省唱歌教科書には、総数27曲の歌が収められ、『ふじの山』は第6曲に置かれました。
間もなく、新しい国定音楽教科書「尋常小学唱歌」(全6冊)の編纂が始まり、「尋常小学読本唱歌」用に作られた27曲はすべて、学年別の教科書に振り分けられました。『ふじの山』(富士山)は「尋常小学唱歌・第二学年用」第12曲に置かれ、現在まで歌い継がれてきました。(明治の唱歌
本ブログの記事では「尋常小学唱歌・第二学年用」から、第11曲『案山子』第17曲『』第10曲『浦島太郎』第14曲『紅葉』を取り上げたことがあり、第12曲『ふじの山』は5曲目の紹介になります。

ゆきのふるひのオルゴール

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少し前に風邪の歌『コンコンクシャンのうた』の記事を書いてから、改めて作曲家・湯山昭氏の音楽が懐かしくなりました。小学生の時、ピアノのレッスンで、先生から「こどものせかい」というピアノ曲集の楽譜を教わったことを思い出したのです。
小学校高学年になっても(いつまでたっても)なかなか練習にやる気を出さない私に、先生が薦めてくださった日本のピアノ曲集。湯山昭氏の「こどものせかい」は、それなりに練習した記憶が残っています。
とりわけ印象的だった曲が、真冬のレッスンで習った第31番『ゆきのふるひのオルゴール』。この曲は家族も練習で聴いて「すごく良い曲だね」と言ったのを覚えています。
これ以外で、今でも覚えている曲は、第10番『ちこく』だけだな。遅刻はほんとうに恥ずかしい。

湯山昭作曲・ピアノ曲集「こどものせかい」曲名一覧> (全34曲)
1. やくそく/2. おやつのじかん/3. ピアノのかいだん/4. ひとりぼっちのごご
5. 三つのわおん/6. ににんさんきゃくってむずかしい/7. すてきなきぶん/8. ゆうぐれ
9. おねだり/10. ちこく/11. ぼくのゆめ/12. うれしいできごと/13. またあした
14. おしゃれなワルツ/15. かげろうゆれてる/16. かえりみち/17. ゆめみるおんがくかい
18. うみとおはなし/19. メロディー/20. わらべうた/21. いたずら
22. てんぐのうちわ/23. おでかけするひ/24. さよなら/25. ホルンはうたう
26. どうして?/27. お琴のひびき/28. フランスのこどもうた
29. バレリーナ/30. ふうがわりなマズルカ/31. ゆきのふるひのオルゴール
32. ともだちモーツァルト/33. エコセーズ/34. カデンツヴァリエーション

湯山昭氏は1932年9月9日、神奈川県平塚市で生まれました。彼はひとりっ子で、わずか1歳半で海軍軍人の父親と死別し、小学校教員だった母親の勧めで、音楽のレッスンを始めたそうです。ご本人のお話によれば「子供の頃、1人で孤独に過ごす時間が多かった」生い立ちが、後の作曲活動に大きく影響しているようです。(ピティナ・インタビュー

それでは『ゆきのふるひのオルゴール』を、ピアニスト・須藤英子さんの演奏(公式YouTubeチャンネル)でお楽しみくださいませ。(ピティナ記事URL:9曲視聴可能)

ゆきのふるひのオルゴール』 (湯山昭作曲「こどものせかい」第31番)

冬の散歩道

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師走も後半に入り、慌ただしい年末の時期がやって来ました。どうしようもない寒がりだと、この季節は毎日縮こまってばかりで、外出時などはみっともない着膨れ状態です。こんな時「冬の散歩道」一緒に歩ける話し相手がいたら、どんなにか心強いでしょう。

♪ Look around / Leaves are brown / And the sky is a hazy shade of winter ... ♪
(見回せば、木の葉は茶色に枯れて、空は冬のくすんだ影に包まれている。)
サイモン&ガーファンクルの人気作《A Hazy Shade Of Winter》を『冬の散歩道』と訳した、日本語翻訳者の絶妙な力量に驚かされます。なるほど、絶望の底で悩んでいる男性を、友人が何とかして立ち直らせようとしている。そんな場面設定だから、2人の登場人物の「散歩道の会話」だろうな。

1960年代後半から1970年代初頭にかけて一世を風靡した「サイモン&ガーファンクル」(S&G)。ポール・サイモン(1941年10月13日生)とアート・ガーファンクル(1941年11月5日生)の2人組は、1966年から世界的な大ヒット曲を次々に送り出し始めます。『冬の散歩道』のレコーディングは、1966年9月7日に行われました(CD:SRCS-2165の解説書より)。

オリジナル版の発表から20年後、1987年にガールズバンド「バングルス」が《A Hazy Shade Of Winter》のカバー版を大ヒットさせ、全米チャート2位まで上昇しました。バングルスといえば、1989年に世界の頂点を極めた『胸いっぱいの愛』(原題:《Eternal Flame》)があまりにも有名です。
この曲は日本でも、1994年夏放映のTBS系テレビドラマ「人間・失格-たとえばぼくが死んだら」(脚本・野島伸司)の挿入歌に採用されました。このドラマでは、3曲のS&Gナンバー『冬の散歩道』『水曜の朝、午前3時』『明日に架ける橋』が効果的に用いられています。

私が学生時代、よく聴いた洋楽アーティストは、カーペンターズビリー・ジョエル、それにサイモン&ガーファンクルぐらいでした。サイモン&ガーファンクルについては、高校の図書館に置いてあった研究書を借りて読んだことがありますが、残念ながら内容の記憶は全く残っていません。

«A Hazy Shade Of Winter» by Simon & Garfunkel <歌詞URL日本語訳例

(ガールズバンド・バングルスによるカバー版。1987年に全米で大ヒットした)

キャプテンEO・ついに撤退へ

12月19日付で、東京ディズニーランドからアトラクション変更の発表がありました。トゥモローランドの新アトラクション「リロ&スティッチ」が2015年夏にオープンし、それに伴って「キャプテンEO」が2014年6月30日に終了するそうです。ついに来るか、キャプテンとの別れの時が…。
ガジェット通信によれば「マイケルファンはクローズ前に目に焼き付けておきましょう」。2010年7月1日から復活上映を開始した「キャプテンEO」は、最初は1年間の期間限定でスタートし、その後常設化実現まで進展しましたが、4年間の歳月を経て、いよいよ新アトラクションに道を譲る時が来ました。

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私はこれまで2度、マイケル・ジャクソンさんの「キャプテンEO」を訪ねて、東京ディズニーランドへ行ったことがあります。最初は2010年11月で、2度目は2011年5月末でした。(過去記事:12
2度目の旅行を計画した時は「1年間限定で見納めか」と考えたのですが、出発直前に「キャプテンEO常設化決定」の発表があったため、しばらく気が緩んでいました。こうなったら、3年ぶり3度目のキャプテンEO訪問旅行計画が始動です。ホテルは先の2回と同じ場所で。それから…。
今年4月に行き損なった「マダム・タッソー蝋人形館」も、いつまで続くか分かりません。今度は公式サイトをしっかり見てから、チケット購入計画を考えます。

スマートフォンを携えて行く旅行には「乗換NAVITIME」のアプリが欠かせません。複雑怪奇な東京都内の電車を利用する時など、便利な検索道具がなければ、大都会の中で途方に暮れるでしょう。
写真撮影にも欠かせないスマホですが、とにかく電池の減りが早い。充電器具を忘れると、旅先で思わぬ悲惨な目に遭いますから、常時携帯の鞄に入れておかないと大変です。

«Another Part Of Me» by Michael Jackson <歌詞URL日本語訳

コンコンクシャンのうた

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コンコンクシャンのうた』 (作詞・香山美子/作曲・湯山昭) <歌詞URL

♪~マスクした コンコンコンコンクシャン!♪
11月上旬に風邪を引き、に悩まされた時に思い出した歌。インターネット検索のおかげで、すぐに目的の曲名と歌詞に到達でき、作者の顔触れに驚きました。とはいえ、自分の風邪の症状が完治しないと、ブログ記事の下書きの着手さえおぼつきません(怠慢の言い訳でもありますが)。

<作者プロフィール>
作詞者:香山美子こうやま・よしこ)…1928年10月10日、東京都生まれの児童文学作家。主な童謡作品に『おはなしゆびさん』『げんこつやまのたぬきさん』などがあり、童話・絵本なども多数執筆。著名な女優の香山美子かやま・よしこ/1944年1月1日生まれ)とは別人である。(公式サイト
作曲者:湯山昭…1932年9月9日、神奈川県平塚市生まれ。童謡『あめふりくまのこ』(作詞・鶴見正夫)や子供向けピアノ練習曲集「お菓子の世界」「こどものせかい」「音の星座」などで広く知られる作曲家。

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コンコンクシャンのうた』は、文字通り風邪の歌。森の動物たちが次々に風邪を引き、そのつどいろいろな形のマスクが登場します。
(1番)りすさん/ちいさいマスク→(2番)つるさん/ほそいマスク→(3番)ぶうちゃん/まるいマスク
→(4番)かばさん/おおきいマスク→(5番)ぞうさん/ながいマスク
ますます寒くなる冬の時期、皆様もどうか、くれぐれも風邪にお気をつけくださいませ。

BEAT THE BOOTS!!

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「音の海賊たちが表通りをのし歩く」-今から22年前、朝日新聞のニュース週刊誌「AERA」(アエラ)1991年11月5日号に掲載された記事。当時大学生だった私は、音楽の「海賊盤CD」に関する論説記事を興味津津で読みました。
一番面白かったのが、ロック音楽界の鬼才フランク・ザッパ氏によるアルバム「ビート・ザ・ブート」(海賊盤をやっつけろ)の話。ザッパ氏はこの記事からちょうど2年後、1993年12月4日に52歳で亡くなりました(1940年12月21日-1993年12月4日)。

そもそも「海賊版」とは何なのか。まず最初に、コトバンクのリンクから「世界大百科事典・第2版」の説明を引用することにします。
* 海賊版-国際条約によって保護されている著作物を、条約関係にある他国において、著作権者の許諾なしに無断で複製、頒布したもの。
この違法行為は、どうして「海賊版」と呼ばれるようになったか。以下は語源由来辞典海賊版海賊盤」の項目から引用することにします。
* 【意味】-海賊版とは、著作権者に無断で複製された書籍やソフトウエアなど。海賊盤とは、海賊版のうち音楽に関わるレコードやCD、テープやビデオなど。
* 【語源・由来】-海賊版は、英語「pirated edition」の訳である。「pirate」は、海賊略奪者という意味から派生し、著作権侵害者特許権侵害者という意味を持つようになり、著作権侵害の複製版で「pirated edition」となった。
音楽における「海賊盤」の定義と語源については、上記のAERA記事から引用することにします。
* 海賊盤。英語でBootleg(ブートレッグ)。もともとは密造酒(みつぞうしゅ)の意味で、酒瓶を長靴の胴に隠したことから、この名がついた。
有名アーティストのコンサート会場などへ、ひそかに録音機材を持ち込み、無断で収録したライブ音源の海賊盤レコードは、昔から大きな需要がありました。音楽史上屈指の多作家として知られたフランク・ザッパ氏も、世界各地で収録された海賊盤音源に頭を悩ませたひとりだったのです。(公式サイト

1940年12月21日、アメリカ・メリーランド州ボルチモアに生まれたフランク・ザッパ氏は、1966年6月にデビューアルバム『Freak Out!』(フリーク・アウト!)を発表して以来、音楽史上稀に見るほどの驚異的な活動を繰り広げました。非常に広い範囲のジャンルをまたいで、膨大な量の作品を書いた多作家であり、生涯中に60枚を超えるオリジナル・アルバムを発表しました。ザッパ氏は熱心な政治活動家でもあり、民主党支持者としてレーガン大統領率いる共和党政権の政策に反対し、自ら1988年度のアメリカ合衆国大統領選挙に立候補を検討したことさえあります。
ザッパ氏が自分の体調の異変に気づいたのは、1990年の春でした。彼の身体は、10年以上前から前立腺癌に蝕まれ、すでに手遅れ状態だったのです。命の終わりが近いことを悟ったザッパ氏は、直ちにいくつかの重要なプロジェクトに着手します。その中には、デビュー以来25年間、ずっと悩まされ続けてきた「海賊盤」への抗議キャンペーンもありました。

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デビュー25周年を迎えたザッパ氏は、1991年夏に雑誌のインタビュー記事で、自らの海賊盤音源についてこんな苦情を述べています。(資料URL
「この25年間、オレは50枚ばかりのオフィシャル・アルバムを作ってきた。でも、小さなカセット・マシーンを持った連中が、その8倍ものアルバムをどうやってか作ってしまい、それを売ってたんだな。」
ザッパ氏が考えたアイデアとは、膨大な海賊盤音源の中から、完成度の高い物を厳選して「正規のレコードとして自分の会社から発売する」ことでした。これが《Beat The Boots!》(海賊盤をやっつけろ)という名前の限定ボックス・セットになったわけです。
この前代未聞の企画は、日本のマスメディアにも広く紹介され、国内盤「フランク・ザッパ/ビート・ザ・ブーツ:雑派大魔神シリーズ」の発売が実現しました。「雑派大魔神」とは、多種多様なジャンルの音楽を作曲してきたザッパ氏に、これ以上ないほどぴったりの当て字です。

Beat The Boots I》 (全8枚組:1991年7月発売)
* As An Am (雑派大魔神ニューヨークで憤激)
* The Ark (雑派大魔神ボストンで立腹)
* Freaks & Motherfu*#@%! (雑派大魔神フィルモアで逆襲)
* Unmitigated Audacity (雑派大魔神ノートルダムで激怒)
* Anyway The Wind Blows (雑派大魔神パリで逆鱗)
* 'Tis The Season To Be Jelly (雑派大魔神スウェーデンで逆上)
* Saarbrücken 1978 (雑派大魔神ザールブリュッケンで激昂)
* Piquantique (雑派大魔神ストックホルムで激憤+シドニーで憤慨)

1992年6月、ザッパ氏は《Beat The Boots!》シリーズの第2集を出し、新たに正規音源化した7枚の海賊盤を限定ボックス・セットで発売しました。こちらには「雑派大魔神」の日本語題はありません。
あれほど精力的な音楽活動を続けてきた“大魔神”にも、ついに命の終わりが訪れ、1993年12月4日午後6時に前立腺癌のため、52歳という若さでこの世を去りました。

Beat The Boots II》 (全7枚組:1992年6月発売)
* Disconnected Synapses
* Tengo Na Minchia Tanta
* Electric Aunt Jemima
* At The Circus
* Swiss Cheese/Fire!
* Our Man In Nirvana
* Conceptual Continuity

ザッパ氏の没後15年を経て、2009年1月に《Beat The Boots III海賊盤をやっつける3度目の企画が実施されました。新たに追加された6枚の海賊盤音源が「ザッパ・レコーズ」から、MP3ダウンロードファイル形式のみで販売され、CD盤はもうありません。生前に企画された2種類のセットも、現在はダウンロード販売で購入可能です。

きょうはフランク・ザッパ氏の「没後20周年」節目の命日。彼の生涯最後のプロジェクトになった《Beat The Boots》シリーズから、第1集の1枚目「As An Am」最終曲《The Torture Never Stops》(邦題「拷問は果てしなく」)を入れてみました。これはオリジナル・アルバム『Zoot Allures』(ズート・アリュアーズ)第3曲に収められた超大作です。(ザッパ作品紹介

«The Torture Never Stops» by Frank Zappa <歌詞URL
(本作は歌詞の日本語訳サイトが見つからず:邦題「拷問は果てしなく」のみでお許しを)

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Author:SC
とにかく音楽が大好き。クラシック・ポピュラーのCDで自室を埋め尽くしています。

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