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小川の子守歌

Schubert_Des_Baches_Wiegenlied_1  Schubert_Des_Baches_Wiegenlied_2

[1797年1月31日-1828年11月19日]-「歌曲王」と呼ばれるフランツ・シューベルトも、非常に若い年齢で亡くなったクラシック音楽作曲家のひとりです。シューベルト腸チフスのため、わずか31歳9か月でこの世を去りましたが、短い生涯の間に1000曲もの作品を残し、そのうちの600曲がリート(歌曲)でした。
シューベルトが書いた連作歌曲の中でも『美しき水車小屋の娘』(1823年)『冬の旅』(1827年)『白鳥の歌』(1828年)は「三大歌曲集」として広く知られています。この記事では、シューベルトの命日に『美しき水車小屋の娘』の最終曲「小川の子守歌」を取り上げてみたいと思います。

美しき水車小屋の娘』は全20曲からなる連作歌曲集で、ヴィルヘルム・ミュラー(1794年10月7日-1827年10月1日)の詩に曲をつけたものです。作曲年代は1823年。当時26歳のシューベルトは医師から梅毒の診断を受け(感染源は不明)健康状態の衰弱が急速に進んでいました。
美しき水車小屋の娘』は比較的単純なストーリー構成になっています。ひとりの水車職人の若者がさすらいの旅に出て、放浪先で「水車小屋の娘」を愛しはじめますが、すぐに恋敵が登場したため、失恋の痛手から慣れ親しんだ小川に身を投げます。最終曲「小川の子守歌」(Des Baches Wiegenlied)の詩は全部で5連から構成され、小川の底に横たわる若者に“おやすみ”と呼びかける形を取ります。(歌詞URL

美しき水車小屋の娘』 ヴィルヘルム・ミュラーの詩による連作歌曲集 <全訳
«Die schöne Müllerin» Liederzyklus nach Gedichten von Wilhelm Müller
1.Das Wandern (さすらい)
2.Wohin? (どこへ?)
3.Halt! (止まれ!)
4.Dankgesang an den Bach (小川に寄せる感謝の言葉)
5.Am Feierabend (仕事を終えた夕べの集いで)
6.Der Neugierige (知りたがる男)
7.Ungeduld (いらだち)
8.Morgengruß (朝の挨拶)
9.Des Müllers Blumen (水車職人の花)
10.Tränenregen (涙の雨)
11.Mein! (僕のものだ!)
12.Pause (休息)
13.Mit dem grünen Lautenbande (緑のリュートのリボンを手に)
14.Der Jäger (狩人)
15.Eifersucht und Stolz (嫉妬と誇り)
16.Die liebe Farbe (好きな色)
17.Die böse Farbe (嫌な色)
18.Trockne Blumen (枯れた花)
19.Der Müller und der Bach (水車職人と小川)
20.Des Baches Wiegenlied小川の子守歌

フランツ・シューベルトは同時代を生きた他の作曲家たちと同じく、「楽聖ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンに畏敬の念を抱いてきました。ベートーヴェン1827年3月26日に56歳で没した時、シューベルトも想像を絶するほどのショックを受け、3月29日の葬儀には松明(たいまつ)を持って葬列に連なりました。
シューベルトは驚異的なほど作曲のスピードが速い人でしたが、梅毒に蝕まれた身体は衰弱の一途をたどってゆきます。1828年10月31日、シューベルトは行きつけのレストランで「魚料理がまずい、まるで毒を食べたようだ」と訴えました。あれほど創作意欲をみなぎらせていたシューベルトが、ついに死の病である腸チフスに倒れてしまったのです。
臨終が近づくと、シューベルトは激しいうわごとを言い出します。そのうわごとの中で「ここにはベートーヴェンが眠っていない」と言ったことが、後に伝説化されてゆきました。1828年11月19日、午後3時に最期を迎えたシューベルトの遺体は、最初は別の墓地に葬られましたが、臨終を看取った兄フェルディナントの提案により、直ちにベートーヴェンと同じウィーンの「ヴェーリング墓地」に移されました。2人の墓は2度も掘り起こされて、1888年に「ウィーン中央墓地」に移設され、「歌曲王シューベルトは敬愛する「楽聖ベートーヴェンのすぐ隣に眠っています。

美しき水車小屋の娘』の主人公は、恋に破れて小川の底に「冷たい安らぎ」を求めましたが(第19曲「水車職人と小川」より)シューベルトベートーヴェンの隣に安らぎを得ました。シューベルトを最後に見舞った親友の回想記によれば、彼は膨大な作曲計画を語りながらも「それらを秘めたまま眠りに就いてしまった」のです。

それでは『美しき水車小屋の娘』の最終曲「小川の子守歌」を、不慮の事故で亡くなったテノール歌手フリッツ・ヴンダーリッヒ(1930年9月26日-1966年9月17日)の歌唱でお楽しみくださいませ。

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