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5年前の今頃

「5年前の今頃」-2005年6月13日、あの悪名高きマイケル・ジャクソン裁判が「完全無罪」の評決で終了した日のことです。
世界的に大きな注目を集めたこの裁判は、ジャクソンさん自身の音楽活動や健康状態など、彼のすべてに壊滅的な打撃を与えるものでした。ジャーナリズムや司法制度などが抱える多数の問題点も浮き彫りになった裁判の中で、ひときわ際立っていたのが、彼の無実を信じてカリフォルニア州サンタマリアの裁判所に集まったファンたちのことです。裁判所までは行けなくても、心の中で彼を支援し続けた忠実なファンが世界中にたくさんいました。
あの時マイケルの主任弁護人を引き受け、彼の全面無罪のために労苦したトーマス・メゼロウ氏。最初は反マイケルの報道ジャーナリズムの時流に乗っていたけれど、無罪評決を契機に自らの報道姿勢を全面転換し、世界中を敵に回しながら裁判の記録を本にまとめたアフロダイテ・ジョーンズさん。マイケルが亡くなった今も、このお2人は彼のために精力的な擁護活動を続けておられます。

まず最初に、私のブログ記事において、あらかじめ表明しておかねばならない前提事項があります。
「5年前の今頃」というテーマにした理由-実は、私はあの頃ジャクソンさんに全く関心を持たず、裁判のニュースを全く読んでいないため、リアルタイムの感覚を何も知らないこと。したがって、以下の記述はすべて私が頭の中で想像した情景に過ぎず、実際に見守ってこられた方の印象とはかけ離れているかもしれません。
それでもなお、没後のファンに過ぎない私が、なぜこのテーマに関心を持つのか-マイケル・ジャクソン裁判は間違いなく悪夢そのものだったけど、その中にもあった明るい側面をとらえてみたい。素晴らしい真のファンたちのこと、最強の擁護者メゼロウ氏やジョーンズさんが「いること」に目を向けてみたい。
そして今、マイケルが受けた仕打ちを知って憤りを募らせる私たちファンの姿も自省してみたい。
「5年前の今頃、あの時代の世論をリアルタイムで見ていたら、自分は本当に彼の人間性を信じ抜くことができただろうか」と。

1.ファンたちのこと
2005年1月31日の陪審員選任手続き初日から、6月13日の判決の日まで、世界各国から多数のファンたちがマイケルの無実を信じ抜き、サンタマリアの裁判所の外に集まりました。現地には行けなくても、さまざまなタイプの人たちが多様な形で支援を送り続けました。
裁判が進むにつれて、ファンたちの存在はマイケル本人にとっても不可欠なものになりました。無罪評決から2週間後の6月26日、彼は公式サイト「MJJ Source.com」(現在は閉鎖)で声明文を発表し、彼らのおかげですべてを乗り越えられた、と感謝の気持ちを述べました。
あの当時の世論は「奴は児童虐待者・小児性愛者だから、間違いなく有罪だ」の一点張りで、マスメディアには否定的な記事しか載らなかったのに、彼らはなぜあそこまでの力と勇気を持って、愛するスーパースター歌手の支援に徹することができたのでしょうか。

裁判終了後の間もない時期、日本にひとりの純粋で勇敢なマイケルファンの少年がいました。この方は2006年2月、とある英語スピーチ・コンテスト全国大会で「マイケル・ジャクソン裁判」をテーマにスピーチを披露し、見事に優秀賞(第2位)を獲得されたそうです。(スピーチ全文
どの団体が主催した英語スピーチ・コンテストなのか、主催者のサイトを探し当てたい、元の過去資料(アーカイブ)までたどりたいと願いましたが、残念ながら私の検索力では無理でした。しかし、スピーチの鍵を握りそうな文を再び検索にかけたところ、ご本人により近い情報源が見つかりました。(THE ONE & ONLY Michael Jackson:同サイトのトップページライブラリーも参照)
このサイトでは「マイケル少年」さんが書いた「僕とマイケルが史上最も接近した日々」という、眩しいほど素晴らしい文章を読むことができます。英語弁論大会のスピーチで優秀賞を受けた当時、この方は中学1年生(!!)だったそうです。3歳の時からマイケルに熱中し、母親が持っていたアルバム『HIStory』の解説書をぼろぼろにした少年は、2001年に発表されたアルバム『INVINCIBLE』でますます深く彼の世界に没入してゆきます。裁判に対する憤りとマスメディアへの怒りも、リアルタイムの気持ちが綴られています。音楽と人間性をこよなく愛するマイケルのために、今の自分には何ができるか。少年はありとあらゆる方法を考え、英語弁論大会のスピーチで大きな行動を起こしました。その後間もなく、マイケルが2006年5月に来日した時、少年はついに憧れの人を眼前で見ることができ、あのスピーチを本人に届けることもできたそうです。

キャリア最大の危機に直面したジャクソンさんを、忠実なファンたちが何のためらいもなく支援し続けた理由のほんのいくつかが、この記事の中に興味深く示されていました。
* 自分のこれまでの人生に多くの影響を与えた人、他の無数の人々を勇気づけてきたマイケルに少しでも恩返しをしたい。今こそその時だ。(裁判の原告少年は「恩を仇で返し」性的虐待話をでっちあげた。)
* (マイケル少年さんの話)彼のこれまでの活動について、自分でいろいろと調べることにより、彼の人間性を深く知るように努めた。(そこまでした人は、報道や周囲の雰囲気などに影響されず、自分の信念を貫ける。)

ジャクソンさんは地獄のような苦難をなめたけど、彼の人間性を熟知したうえで、悪質な報道などに影響されることなく無実を信じ抜いたファンたちが「世界中にたくさんいた」ことは、あの時を知らない私のような没後ファンにとっても大変心強いことです。そんな人たちが誰もいなかったら、本当の孤立無援状態だったら「ポップスの帝王」はさらなる孤独感に苦しんだことでしょう。
ごく最近のことですが、彼がファンたちに寄せる感謝の気持ちをまとめた『You Are So Beautiful』という歌詞が見つかったそうです。(和訳された方からURL転載許可を頂きました。)

2.トーマス・メゼロウ氏(主任弁護人)とアフロダイテ・ジョーンズさん(『マイケル・ジャクソン裁判』著者)
このお2人はジャクソンさんの「最強の擁護者」であると同時に、彼を失って悲しみに沈むファンの私たちにとっても「これから先もずっと側にいてくれる、最も心強い存在」です。お2人の証言を通して、この非人道的な裁判の実態が徐々に解明されつつあります。

刑事弁護士にとって「どの裁判で弁護依頼を引き受けるか」は、本人の信念に関わることであり、その人の評判を左右する死活問題と言えるでしょう。トーマス・メゼロウ氏は今や「マイケル・ジャクソン裁判の弁護団長」として最も広く知られるようになりました。
この裁判はメゼロウ氏にとっても、弁護士人生を通じて「最大の狂気の沙汰」だったそうです。彼はひたすら刑事弁護士の仕事に専念し、原告少年の家族が以前から金銭目当てでいくつかのトラブルを起こしてきたことを説明しました。検察側が送り込んだ証人の中からも、普段の言動面で信頼できる人からマイケルに有利な証言を引き出し、12人の陪審員たちに彼の無罪を納得させることに成功しました。
裁判終了後も、メゼロウ氏は良き友人としてマイケルの健康状態や活動を見守り続けました。無罪評決からわずか4年後、マイケル2009年6月25日に50歳の若さで急逝します。ジャクソン家の遺族の話し合いが難航したこともあり、ロサンゼルス市内にある「フォレストローン・グレンデール墓地」への埋葬式は9月3日まで延期されましたが、立ち会った親しい友人たちの中に、裁判の弁護団長メゼロウ氏の姿もありました。

マイケル・ジャクソン裁判』(英語原題 «Michael Jackson Conspiracy» / 以下『MJ裁判』と略す)の著者アフロダイテ・ジョーンズさんは、それまでに7冊の犯罪小説を著した作家・ジャーナリストです。
自身8冊目の著書 «Michael Jackson Conspiracy» (直訳は「マイケル・ジャクソンへの共同陰謀」)は、ジョーンズさんにとっても最も厳しい仕事でした。フォックス・ニュースのテレビ・ジャーナリストとして反マイケルの偏向報道に関わった人が、無罪評決を契機に裁判への姿勢を全面転換したことは「時流に乗る立場から、国際世論を敵に回す立場へ」の困難な変化を意味したからです。彼女の勇気ある決断がなかったら、私たちマイケルファンは今なお、彼に関する真実をほとんど何も知らないままでいたことでしょう。
MJ裁判』の著者前書き(日本語翻訳書では9-17ページ)を読むと、ジョーンズさんの直面した過酷な状況が伝わってきます。彼女はひとりのジャーナリストとして、自分もマイケルの破滅をもくろむマスメディアの「陰謀」(conspiracy)に荷担した過ちを認め、報道姿勢の全面転換に踏み切ります。「真実を伝える」決意を固めた彼女は、膨大な量の裁判謄本を熟読しながら執筆を進めますが、出版社を見つけることさえできず、この本を自費出版しなければなりませんでした。当時の一般世論では「マイケルを擁護する本などあり得ない」とみなされたため、ジョーンズさんは皆から物笑いの種にされたそうです。それほど激しい逆風のただ中で、彼女は2007年春に『MJ裁判』の本を世界へ送り出しました。
本の出版を契機に、ジョーンズさんは自らの公式サイト内で «Michael Jackson Conspiracy» 専用のブログスペースを立ち上げました。最初のブログ記事は2007年6月5日に書かれ、同年11月14日までに10本の記事が送り出されました。

裁判本の日本語翻訳書は、原書発刊から2年後、2009年5月に『マイケル・ジャクソン裁判 あなたは彼を裁けますか?』(翻訳・押野素子)という題名で出版されました。ちょうどその頃、ジャクソンさんは歌手活動の再開を目指し、復活コンサートツアー「THIS IS IT」のリハーサルに打ち込んでいました。
日本では2009年4月、無数の賛否両論を経て裁判員制度が導入されたばかりでした。『MJ裁判』の日本語翻訳書は、普段はマイケルのファンではない人たちにも「アメリカの陪審員制度を知るのに役立つ本」として紹介されました。
リハーサル中のジャクソンさんに突然の悲劇が訪れたのは2009年6月25日。裁判本の日本語訳刊行からわずか1か月後の出来事でした。

4か月後の10月26日、アフロダイテ・ジョーンズさんがついに沈黙を破り、2年ぶりに専用ブログスペースの更新を再開します。彼女は映画『THIS IS IT』の公開前夜に寄せて、自分がマイケルの急死から受けたショックについて書き綴り、彼の命が4年前の裁判終了時と同じ「6月」に終わりを迎えたことに注目し、復活公演リハーサル中だったマイケルの気持ちにも思いを馳せました。世界各地の読者がジョーンズさんに伝えた情報によれば、多くの国では «Michael Jackson Conspiracy» を入手できず、アメリカ国内の書店でも販売が行われていなかったそうです。その事態を受けて、彼女は同書の著者サイン入り本販売を発表しました。
9月3日の「フォレストローン・グレンデール墓地」埋葬式に出席したトーマス・メゼロウ氏も、マイケルの死後テレビ・インタビューなどに出演する機会が増え、彼の無実を訴える擁護活動を強化し始めました。
ジョーンズさんのお話を読むと、最近『マイケル・ジャクソン裁判』の翻訳書を手軽に読めるようになった日本は「彼の真実に近づく」点で最も恵まれた国のひとつではないか、と感じます。

2010年に入り、アフロダイテ・ジョーンズさんは新しいテレビ番組シリーズを始めました。著名な犯罪事件を究明していく «True Crime with Aphrodite Jones» は、アメリカのケーブルテレビ局「インベスティゲーション・ディスカバリー」(Investigation Discovery, 略称 ID で呼ばれる)で毎週木曜日の午後10時から放映されています。マイケル・ジャクソンさんのケースは、4月29日に初回放映されました。
番組でジョーンズさんのインタビューに応じた人は、弁護団長トーマス・メゼロウ氏、マネージャーのフランク・ディレオ氏、映画制作者パール・ジュニア氏を中心に、陪審員長などの声も含まれていました。

このたび、4月29日のテレビ番組全体の内容を書き起こし、日本語の全訳を専門ブログで紹介してくださった方がおられます。1時間の番組は、動画では6部に分かれているため、ブログ記事も「第1部-第6部」の動画ごとに訳されています。(私もブログ管理者の方からURL転載許可を頂きました。)
ブログアドレス第1部第2部第3部第4部第5部第6部

ジャクソンさんが完全な無罪評決を得た後も、報道姿勢の誤りを認めたマスメディア関係者はほとんどおらず(ジョーンズさんは動画の第5部で、かつての自分自身をも含めている)彼の無罪/冤罪を無視して、引き続き事実を歪曲する報道を続けました。裁判の痛手から立ち直ることはなく、ジャクソンさんの健康状態は悪化の一途をたどります。最後の動画第6部で、初めて明らかになった事実が、番組の視聴者に衝撃を与えました。裁判期間中、彼は深刻な睡眠障害や食欲不振に悩み、何度も早朝の時間帯にメゼロウ氏に電話をかけてきたこと。その頃に発生したと考えられる褥瘡(じょくそう=床ずれ)が、彼の遺体から発見されたこと。あの裁判の後遺症が、最終的に彼の命まで奪ってしまった。
悲しい事実を報じた後、番組の出演者たちが最後に同意した点があります。「私たちはすべて、何らかの点で変人なのかもしれません。」(… you know, we're all weird in our own way.)

3.結びに
「5年前の今頃」-マイケル・ジャクソン裁判の間に彼を壊滅させた非人道的な仕打ち、想像を絶するほどの心身の激痛と悲嘆。あの頃の話を聞きながら、マイケルが耐えた拷問のような苦しみを思い描くとき、私たちは心も張り裂けるほど辛い気持ちを覚えます。それでも、そんなやるせない想いを抱きながらも、私たちがファンとして忘れてはならない事柄がいろいろあると思うのです。

* あの極限状態の中でも、彼は独りぼっちではなかった(ヒット曲『You Are Not Alone』より)。世界中から支援を送り続けた真のファンたちと、最強の弁護団長トーマス・メゼロウ氏がいたし、報道関係者として当時の過ちを認めたアフロダイテ・ジョーンズさんもいる。お2人が最強の擁護者として「今までも、そしてこれから先もずっとマイケルと私たちファンの側にいてくれるのは、何と心強いことか。
* そのような状況は、リアルタイムで伝わるものではなく、終わってから何年もたたなければ分からない事柄が多いもの。(このケースの場合、ご本人の存命中に何かを語ることは不可能に近い。)メゼロウ氏やジョーンズさんの証言を通して、今から真相究明が始まったばかりの段階にある。裁判の実態をより広く知らせるには、さらに長い時間がかかるだろう。

6月25日の1周忌が近づく現段階でも、マイケルの周囲を取り巻く状況はあまり変わっておらず、今なおマスメディアによる興味本位の営みを見聞きすることがあります。確かに、長年に及ぶメディア報道の歪みがマイケルの心身を消耗させ、ついにはあの衝撃的な最期まで追い込んでしまった。
報道媒体も営利企業であり、これからも手段を選ばずに“売れるネタ”を探し続ける。受け取る側の私たちもそれぞれに問題を持ち、あの番組の結論を借りれば「誰もがすべて、何らかの点で変わり者かもしれない」のではないか。大好きなマイケルのことでは憤りを募らせても、報道の対象となる他の人についてはどうだろうか。私たちも情報を受け取る側として「まず自分自身から変えていく」ことを考えるべきではないか(ヒット曲『Man In The Mirror』より)。

現在はインターネット時代になり、たとえ報道関係者でなくとも、一般の私たちにもさまざまな手段で情報の発信が可能になりました。前述の番組翻訳専門ブログも、堪能な英語力を持たれる個人の方の善意で利用させて頂いたものです。私もブログを持つようになり、拙い音楽記事を書き始めてからちょうど3か月が過ぎました。他のブログのコメント欄やネット掲示板などに書き込む行為、最新流行のツイッターによる“つぶやき”なども、ネット社会ならではの気軽な情報発信方法のひとつと言えるでしょう。
日常生活では「話す前に考えよ」とよく言われますが、ネットの場合は“書く前に考える”よう自分なりに精一杯努力しても、相手の顔が見えないために、何気なく書いた一言で人を傷つけたり、予想外のトラブルがつきものです。さもないと、私たちも無意識のうちに“あの人たち”と同じ過ちを犯すかもしれない。
今の私にできそうなこと。物事を自分でよく調べ、情報源の信頼性や真偽をきちんと確認し、何でもすぐ鵜呑みにしない。感傷的な反応が先走りしそうな時は、いったん立ち止まって考える。ネット社会の情報発信においても「まず自分自身から変えていく」よう、ひとつでもふたつでも心がけてゆきたいものです。

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とにかく音楽が大好き。クラシック・ポピュラーのCDで自室を埋め尽くしています。

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