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故郷の廃家

My_Dear_Old_Sunny_Home_1  My_Dear_Old_Sunny_Home_2

故郷の廃家』 (日本語詞:犬童球渓/原作詞・作曲:William S. Hays) <歌詞URL:12

1.幾年(いくとせ)ふるさと 来てみれば/咲く花 鳴く鳥 そよぐ風
門辺(かどべ)の小川の ささやきも/なれにし昔に 変わらねど
あれたる我家(わがいえ)に/住む人絶えてなく
2.昔を語るか そよぐ風/昔をうつすか 澄める水
朝夕かたみに 手をとりて/遊びし友人(ともびと) いまいずこ
さびしき故郷(ふるさと)や/さびしき我家や

年末年始やゴールデン・ウィーク(GW)お盆などに「帰省」を計画される方は多いでしょう。久しぶりに故郷の地へ立ち寄ると、慣れ親しんだ昔の風景とはあまりにも違いすぎて、見る面影さえない…。
田舎の過疎地域では、住む人が誰もいなくなった「廃屋」(はいおく)があちこちに見られます。身近でいろいろな廃屋を見てきた、田舎暮らしの私にとって『故郷の廃家』(こきょうのはいか)は特別な親近感を覚える歌のひとつでした。
実は曲名を「故郷の廃屋」(~はいおく)と間違って覚えていましたが、正しくは「~廃家」(はいか)です。

故郷の廃家』(こきょうのはいか)は、1907年(明治40年)発行の音楽教科書「中等教育唱歌集」において「犬童球渓作詞・ヘイス作曲」として紹介された曲です。この教科書には、同じ作詞者による『旅愁』も掲載されており、旋律はすべて海外から輸入したものを用いました。(d-score
原曲は《My Dear Old Sunny Home》(日の当たる我が家)というアメリカ歌曲で、故郷を離れた主人公の悲哀を歌った曲に、犬童球渓が見事な日本語訳詞をつけました。(原詩URL
本ブログの過去記事では、2011年10月19日付で『旅愁』を出したことがあります。

作詞者の犬童球渓(いんどう・きゅうけい、1879年3月20日-1943年10月19日)は、熊本県人吉市生まれの教育者・音楽家でした。本名は犬童信蔵(~のぶぞう)といい、ペンネーム「球渓」は熊本県の河川・磨川(くまがわ)谷からとったものです。
学校教員としての最初の赴任地は、兵庫県の柏原中学校(現・柏原高校)でした。兵庫県下の男子中学校に初めて設けられた「音楽科」の授業は、軍国主義教育を受けていた生徒たちから「軟弱な女子のすることだ」と批判を浴びました。毎日執拗な授業妨害が続いたため、球渓はその地で神経衰弱を患い、次の赴任地となった新潟高等女学校(現・新潟中央高校)において、故郷の熊本県に思いを馳せながら『故郷の廃家』と『旅愁』の詩を書きました。(Actizワシモ丹波資料室

原作者の名前は、ウィリアム・シェイクスピア・ヘイズといいます(William Shakespeare Hays: 1837年7月19日-1907年7月23日)。日本の楽譜では「ヘイス作曲」と記載されてきました。
ヘイズはアメリカ合衆国南部・ケンタッキー州ルイビルで生涯を過ごし、あのスティーブン・フォスターヘンリー・クレイ・ワーク(『大きな古時計』の原作者)と同時代に活動した作曲家です。『故郷の廃家』の原曲になった《My Dear Old Sunny Home》は、1871年に作られました。(作品一覧表
晩年はほとんど作品を書けなかったようですが、ヘイズが70年の生涯を閉じた年に《My Dear Old Sunny Home》の楽譜が日本に輸入され、犬童球渓の名訳によって「日本の歌」になりました。

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