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鉄腕アトム

Tetsuwan_Atom_1  Tetsuwan_Atom_2  Tetsuwan_Atom_1

1989年1月7日の早朝に届いた「天皇陛下崩御」の知らせとともに、64年に及んだ「昭和」時代が幕を閉じました(1926年12月25日-1989年1月7日)。1月8日から新元号「平成」が施行され、崩御された昭和天皇の「大喪の礼」(たいそうのれい)が、2月24日に執り行われることになりました。
ところが「大喪の礼」の15日前、多くの日本人が(天皇陛下以上に)深い親近感を寄せてきた、ひとりの芸術家の訃報が届きました。日本の漫画文化を築いた巨匠・手塚治虫氏が、胃癌により60歳で亡くなったのです(1928年11月3日-1989年2月9日)。
今年は西暦2014年「平成26年」。戦後の日本文化を築き上げ、昭和時代の終焉とともに去って行った偉人たちが「没後25周年」四半世紀の節目の命日を迎える年です。

手塚治虫氏が残した数多くの漫画作品は、発表当初から現在に至るまで、無数の読者たちに絶大な影響を与えてきました。最も有名な作品『鉄腕アトム』は、1963年(昭和38年)1月1日から「日本最初のテレビアニメシリーズ」として放映が始まり、現在に至るテレビアニメ文化の出発点となりました。
当時はまだ白黒テレビが主流だったので『鉄腕アトム』のアニメ画像も、白黒で描かれました。カラーテレビアニメに慣れた現代の感覚だと(古臭いどころか)かえって新鮮に見えます。
最初のアニメ版のリアルタイム放映時、私はまだ生まれていなかったのですが、戦後日本の高度経済成長期の明るさとうまくマッチして『鉄腕アトム』は国民的な大ヒット作になりました。

♪空を越えて ラララ 星のかなた…♪
日本最初のテレビアニメシリーズのオープニング・テーマにふさわしく、いつまでも強烈なインパクトが残る歌詞とメロディー。私は2番までしか知らなかったのですが、谷川俊太郎氏の歌詞は3番まであります。
高井達雄氏は「鉄腕アトムの作曲者」のイメージが強すぎて、他の作曲活動の印象が、いくらか薄くなったかもしれません(個人的な感想)。曲の誕生エピソードについては、朝日新聞「うたの旅人」2012年6月2日付で「電車の中で曲は浮かんだ」の記事が掲載されたのですが、現在はリンク切れになっています。
JR山手線「高田馬場駅」発車メロディーは、どんな音で『鉄腕アトム』のテーマソングが鳴るか、いつの日か機会を作って、立ち寄ってみたい場所がまた増えました。(サンプル

手塚治虫氏が死の床で描き続けた、未完の絶筆作品は『ルードウィヒ・B』『グリンゴ』『ネオ・ファウスト』の3作が残されており、『ネオ・ファウスト』が最後の着手作品になりました。(公式サイト

鉄腕アトム』 (作詞・谷川俊太郎/作曲・高井達雄) <歌詞URL:12

鉄腕アトムの歌』 (実写版主題歌/作詞・青木義久/作曲・益田克幸) <歌詞URL:12

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