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七つの子

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七つの子』 (作詞・野口雨情/作曲・本居長世) <歌詞URL:12

烏 なぜ啼くの 烏は山に/可愛七つの 子があるからよ
可愛 可愛と 烏は啼くの/可愛 可愛と 啼くんだよ
山の古巣に 行つて見て御覧/丸い眼をした いい子だよ

♪か~ら~す~~ なぜなくの~~ からすはや~ま~に~~♪
カラス)を描いた有名な童謡作品『七つの子』は、1921年(大正10年)の発表以来、多大な反響を呼び起こしてきました。野口雨情はどうして、カラスを詩の題材に選んだか。題名の『七つの子』とはいったいどういう意味なのか。カラスの“七羽の子”か“七歳の子”か、どちらの解釈が適切だろうか。
あげくの果て、往年のコミックバンド「ザ・ドリフターズ」が、看板番組「8時だョ!全員集合」で『七つの子』を替え歌にして ♪カラスの勝手でしょ~♪ と歌ったこともあります。ドリフのパロディが流行った頃、私はリアルタイム世代の小学生でした。

七つの子』の歌は、児童文学雑誌「金の船」1921年(大正10年)7月号において、詩と楽譜が同時に掲載されました。野口雨情はかなり前、1907年に書いた詩「山烏」(やまがらす)の中で“なぜなく”の原形を発表したことがあり、若い時からこの鳥の観察を続けていました。
カラスも親子の情愛の深い鳥で、親鳥はひな鳥が巣を離れて独り立ちするまでの間、必要なことを段階的に教えていくようです。野口雨情カラスに暖かい視線を注ぎ、特徴のある鳴き声を、親が最愛のわが子に呼びかける「可愛、可愛」という言葉で表現したわけです。

はるか太古の昔から、カラスは人間の生活に深く密着した鳥でした。あの独特な鳴き声、全身の真っ黒な風貌などが、人間の好奇心をかき立ててきました。世界中どこでも、カラスにまつわる話が多種多様な形で伝えられています。この鳥ほど「視点が違えば」語り口も大きく変わる動物は、あまり多くはないかもしれません。
カラスは非常に賢い鳥で、鳥類の中でも高い知能を備えているそうです。観察力が鋭く、周囲の状況の変化をすばやく察知し、さまざまな環境への順応力に優れているようです。
世界各地の古代神話では、カラスを「太陽の使い」として畏敬する物語がたくさんあります。日本最古の歴史書「古事記」では、八咫烏(やたがらす)が神武天皇東征を先導した「導きの神」として尊ばれているほどです。
童謡『七つの子』の前提になっている、カラスに対する否定的なイメージ-黒いカラスが鳴くと「不吉な事が起きる」という言い伝えは、どうして広まったのでしょうか。古い迷信ですから「~だろう」推測の域を出ませんが、人間がカラスを見る観点の、何ともいえないギャップが不思議です。
(詳細:日本野鳥の会那須烏山商工会カラストッパーカラス今昔物語など)

カラスという鳥について、野口雨情自身がこんな言葉を残しています。本の著者である泉漾太郎(いずみ・ようたろう)氏は、雨情の教え子のひとりでした。
[全身がまっ黒だから気味が悪いと申しやすが、あの色は昔から、ぬば玉の黒髪と言ったり、烏の濡れ羽いろ、と云って日本の美女の髪の象徴として珍重されている色です。目玉だって他の鳥と変りありゃせん。めんげえ目玉じゃござんせんか。啼き声が濁ってるようで嫌らしいと云いやんすが、他の鳥だって声の悪いのは居りやんすよね。声のいい悪いは人間だって同じでしょ。]-泉漾太郎著『改訂版 野口雨情回想』(筑波書林)より抜粋。(池田小百合/なっとく童謡・唱歌

Seven_Children_1  Seven_Children_2

七つの子』という題名は、いったい何を意味するのか。カラスの「七羽の子」(数)「七歳の子」(年齢)どちらの意味に受け取るか。著名な国語学者から作詞者・野口雨情の子孫に至るまで、この点に関する意見は大きく分かれているようです。
これに関しても、雨情自身の説明が、いくつかの文献に残っています。七羽(数)七歳(年齢)どちらの意味だとしても、必ずしも数字通りにとらわれなくてよさそうです。たくさんカラス幼いひな鳥が、木の上で親の帰りを待っている。親鳥がひな鳥に向かって鳴くと、愛らしい子供の鳥たちは「丸い眼」で待ち構えるわけです。

作詞者・野口雨情と作曲者・本居長世は、2人とも1945年(昭和20年)に亡くなりました。作者の死去から35年後-超大物コミックバンド「ザ・ドリフターズ」のメンバーの1人、志村けんさんが「8時だョ!全員集合」の番組で『七つの子』の替え歌を披露し、賛否両論の大反響を呼びました。
カラス なぜ鳴くの カラスの勝手でしょ~♪
このパロディが流行った頃、当時小学生だった私も、最初は面白がったものです。とはいえ、両親とも童謡好きの家庭環境に育ったので、じきに抵抗感を覚えるようになりました。
私の中では「記憶に新しい」と思っても、もう30年以上前の遠い昔話。ドリフのリーダーであったいかりや長介さんが亡くなられてから、ちょうど10年たったのですから(2004年3月20日没)。

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