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小さな日記

Little_Diary_1    Little_Diary_2

小さな日記』 (歌:フォー・セインツ/作詞:原田晴子/作曲:落合和徳) <歌詞URL:12

1968年に『小さな日記』を大ヒットさせたフォークグループ「フォー・セインツ」のメンバー、ダニー石尾さんが4月15日に肝硬変肝細胞癌で亡くなられました(66歳没)。
4人のメンバーの中では、荒木しげるさんが2012年4月14日に亡くなっています(63歳没)。ダニー石尾さんの逝去は、奇しくも荒木さんの「2年と1日後」だったことになります。

フォー・セインツ:4人のメンバーたち>
* 上原徹(1947年12月10日生まれ)…グループのリーダー。ボーカル・ギター担当。現在は「フジパシフィック音楽出版」代表取締役社長を務める。
* ダニー石尾(1948年1月13日-2014年4月15日)…ボーカル・ギター・バンジョー担当。サッカーチーム・鹿島アントラーズのサポーターとして「鹿島スタジアムDJ」を務めていた。
* 志賀正浩(1947年9月13日生まれ)…ベース担当。テレビ司会者として「おはようスタジオ」などの番組に携わり、1995年に芸能プロダクション「ポルマーニ」を設立した。
* 荒木しげる(1949年2月9日-2012年4月14日)…ドラムス担当。俳優として「仮面ライダーストロンガー」「超神ビビューン」「特捜最前線」「暴れん坊将軍」などの作品に出演した。

フォー・セインツ(FOUR SAINTS)は1968年に『小さな日記』でデビューし、1973年に解散したフォークグループです。上原徹さん・ダニー石尾さん・志賀正浩さんの3人は成蹊大学の学生で、俳優として有名になった荒木しげるさんだけが玉川大学出身でした。
小さな日記』の歌は、ニッポン放送のラジオ番組「バイタリス・フォーク・ビレッジ」で紹介され、そこから反響が加速度的に広がって、1968年に東芝からシングル盤が発売されました。
後に彼らは東芝から日本コロムビアへ移籍し、グループ名も「フォー・クローバーズ」と改めて、この名前では『冬物語』をヒットさせました。1973年の解散後、4人のメンバーたちはそれぞれ違う道を進んで行きます。2006年に再結成した時は、最初の懐かしい名前「フォー・セインツ」に戻しました。

小さな日記につづられた…♪ はるか遠い過去の記録、青春時代の小さな恋の思い出。主人公の男女が恋人どうしだった間に、男性が初冬の山で死んでしまいます。残された女性が「小さな日記」を取り出したのは、彼の死からかなり長い年月が過ぎた後のようです。
小さな日記』に描かれた恋のように、フォー・セインツのフォークソングも、荒木しげるさんとダニー石尾さんの死去により「二度と帰らぬ」音楽の思い出になってしまいました。

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