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城ヶ島の雨

Jogashima_Rain_1  Jogashima_Rain_2

城ヶ島の雨』 (作詞・北原白秋/作曲・梁田貞) <歌詞URL:123

今年も梅雨入りの季節がやってきました。日本にもたくさんある「雨の歌」今年は何を、ブログの記事で聴いてみようかな。
私が初めて『城ヶ島の雨』に接したのは、ほんの子供だった頃、尺八演奏のために日本の歌を編曲したレコードからでした。今年2月10日に亡くなられた巨匠・山本邦山氏の名演奏に聴き入り、哀愁の漂う旋律に耳を澄ませた記憶が残っています。
尺八によるインストゥルメンタル編曲で覚えたので、旋律は大好きでしたが「歌詞が難しい」そんな苦手意識を長く引きずっていました。

城ヶ島の雨』の歌は、劇団「芸術座」の主宰者であった島村抱月の委嘱により「芸術座音楽会」のための新作として書かれ、1913年10月30日に初演が行われました。日本文学史を築いた大詩人・北原白秋の詩に音楽がつけられたのは、この作品が最初だったそうです。
作曲者の梁田貞(やなだ・ただし、1885年7月3日-1959年5月9日)は、北海道札幌市出身の作曲家・音楽教育者で、『どんぐりころころ』(作詞・青木存義)『とんび』(作詞・葛原しげる)などの作曲でも知られています。(『どんぐりころころ過去記事あり)

北原白秋による「」の詩といえば、童謡作品『』(♪雨がふります 雨がふる…♪)『アメフリ』(♪あめあめ ふれふれ かあさんが…♪)も有名です。ブログを開設したばかりの頃、この2曲を聴き比べる記事を書きながら「大詩人の表現力はすごいな~」と驚嘆したものです。(「雨の歌過去記事あり)
童謡の詩の成立年代(初出)は『』が1918年9月で『アメフリ』は1925年11月ですから、同じ題材を取り上げた『城ヶ島の雨』ができた1913年10月は、非常に早い時期の作品であったことが分かります。

♪雨はふるふる 城ヶ島の磯に…♪
城ヶ島(じょうがしま)は、神奈川県南東部・三浦半島の南端に位置する島。1913年当時、北原白秋がこの地に住んでいたのは、彼の若かりし日のスキャンダルとして取り沙汰された「桐の花事件」と関係がありました。(桐の花事件と『城ヶ島の雨』の解説:12など)
詩人として早くから成功を収めた白秋は、1912年に東京・原宿の地で、隣家の人妻であった松下俊子と恋愛関係になり、俊子の別居中の夫・松下長平から「姦通罪」(かんつうざい)の告訴を受けました。白秋俊子は7月6日に逮捕され、市ヶ谷の「未決監」(みけつかん)に拘留されます。白秋の弟・鉄雄の奔走が功を奏して、彼は2週間で自由の身になりますが、心の傷は長く残りました。1913年1月に出版された処女歌集「桐の花」にちなんで、一連のトラブルが「桐の花事件」と呼ばれるようになります。
福岡県の実家の破産や「桐の花事件」の影響により、白秋は住まいを転々と変え、歌集出版後に三浦半島先端の三崎町へ移りました。その地で俊子と再会し、結婚生活に入りますが、詩作ははかどらなくなりました。劇作家・島村抱月から委嘱されていた「芸術座音楽会」のための詩も、再三の催促を受けながら、どうしても書けない日々が続きました。これでは「10月30日」の演奏会に間に合わない。ようやく10月27日になって、作曲家・梁田貞のもとに詩が届けられ、彼は大急ぎで旋律を書き上げて、10月30日に自らのテノール独唱で初演を行ったそうです。

梁田貞による旋律は「三部形式」で書かれ、実に見事な[短調(緩)-長調(急)-短調(緩)]の構成を取っています。曲の中間部で、舟が海岸を通るところは、テンポを大幅に速め、調性を「同主長調」へと動かします。
窮地を経験した詩人・北原白秋の目に映った ♪利休鼠(りきゅうねずみ)の雨がふる…♪ 何ともいえないほど物憂げな色の雨。今年の梅雨は、日本各地でどんな雨が降るのでしょうか。

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