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ひまわり

“Don't believe all the strange stories that people make up about me. Sometimes I cry, but it's fans like you that make me endure.”
(ぼくにまつわる変な作り話を信じないでほしい。時には泣くこともあるけれど、ファンの皆様のおかげで耐えられるのです。)
これは1988年8月29日、30歳の誕生日を迎えたマイケル・ジャクソンさんがファンに向けて出した声明の一部です。(出典:MICHAEL JACKSON Visual Documentary 1958-2009, P.118 / Adrian Grant)

30歳を迎える頃には、ジャクソンさんはすでに数えきれないほどの「変な作り話」に悩まされていました。
<参考:ソロのオリジナル・アルバム発売年>
* 『Off The Wall』(オフ・ザ・ウォール、1979年発売:当時21歳)
* 『Thriller』(スリラー、1982年発売:当時24歳)-ここで彼は音楽活動の絶頂を極める。
* 『BAD』(バッド、1987年発売:当時29歳)
ちょうどコンサートツアー「BAD TOUR」で世界を回っていた間に、30歳の誕生日を迎えたことになります。

それからちょうど5年後-1993年8月、17年前の今頃-それまでの人生で最大の苦難が、35歳のジャクソンさんを襲いました。「ネバーランド」の自宅で面倒を見ていた少年ジョーダン・チャンドラー(当時13歳)から性的虐待の訴えを起こされたのです。これを契機に、各種マスメディアによるスキャンダル報道合戦が始まります。過熱報道はとどまるところを知らず、ジャクソンさんは「DANGEROUS TOUR」(デンジャラス・ツアー)を途中で打ち切らねばならないほど、事実無根の告発による心身の消耗状態に陥りました。
告発の直後、1993年9月に「DANGEROUS TOUR」でロシアを初訪問し、モスクワに滞在した時の体験をもとに『Stranger In Moscow』(ストレンジャー・イン・モスクワ)の歌が生まれました。彼はあの時期の凄惨な苦悩さえも、人の心に訴える美しい音楽の形に昇華させたのです。(歌詞対訳

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その後もジャクソンさんをめぐるゴシップ的報道は絶え間なく続き、世界中にいる彼の忠実なファンたちは途方もない難題を抱えます。彼に関する真実の情報は「どこに」あるのか。世界各地の芸能メディアが営利本位に流す無数の記事の中から、読者が情報源の信頼性を見分けるのは大変なことでした。
マスメディア報道の歪みは、2005年のマイケル・ジャクソン裁判で狂気の沙汰に達します。その極限状態のさなかにあっても、彼の人間性を熟知しようと努めてきた忠実なファンたちは「完全な無実」を疑いませんでした。裁判の経過中にも、原告少年ギャビン・アルビーゾとその家族が金銭目的で起こしてきたいくつかのトラブルが判明しました。ジャクソンさんへの2度にわたる性的虐待告発は、どちらも「金銭目的で起こされた事実無根のでっち上げ」だったのです。

無罪評決から4年後、ジャクソンさんは新たなコンサートツアー「THIS IS IT」の計画を、開催予定地のロンドンで発表します。彼にとっては、1996年-97年の「HIStory TOUR」(ヒストリー・ツアー)以来12年ぶりの復活公演になる予定でした。懸命なリハーサルを重ね、公演開始まで2週間に迫ったところで、彼を見舞った突然の最期。2009年6月25日、真昼のロサンゼルスを襲った衝撃。「キング・オブ・ポップマイケル・ジョセフ・ジャクソン、50歳9か月27日の生涯の終幕でした。
ジャクソンさんの突然の死去により、また新たな報道合戦の過熱が始まります。リハーサル中の彼の健康状態はどうだったのか。遺族の今後の行方は…。同時に、生前の彼を苦しめてきた多数の誤報道に対するマイケルファンたちの怒りが高まりました。

でも、ここで少し立ち止まって考えてみたい。報道メディアに見境なく怒りをぶつければよいのだろうか。
とりわけ芸能メディアは、視聴者の関心を引くために、何でも大げさに誇張して書くものです。ある芸能雑誌のでかでかした見出しに引かれて、ちょっと読んでみたら、別に何でもないことだった。テレビやネットニュースでも日常茶飯事。視聴者の私たちは、あまりにも簡単に翻弄されてしまう。その場で情報の真偽や信頼性を確認することは意外に難しく、ジャクソンさんのケースはそのひとつにすぎない。
各種の情報媒体を、どうすれば上手に賢く利用できるか。私たち各人が一生かけて考える問題でしょう。

Sunflower_Tribute_2  Sunflower_Tribute_1  Sunflower_Tribute_2

今年5月12日、マイケルの元妻であるリサ・マリー・プレスリーさん(最初の妻/歌手エルヴィス・プレスリーのひとり娘)が自らの「マイスペース」(MySpace)ブログで呼びかけを行いました。(概要
マイケルひまわりが大好きで «The Happy Flower» (ハッピー・フラワー)と呼びました。私たちが結婚していた頃は、どこでも彼のいる場所にひまわりの花を飾ったものです。ファンの皆さん、絹のひまわりを彼の墓の広大な空間に運んであげてください。彼が大好きな花に囲まれて眠れるように。」
リサ・マリーさんのメッセージをきっかけに、世界中のマイケルファンたちの間で「ハッピー・フラワー」の人気が急上昇しました。
リサ・マリー・プレスリーさんにとって、マイケル・ジャクソンさんは2人目の夫でした。2人の結婚生活は2年で終わりましたが、リサ・マリーさんはその後もマイケルのことを気にかけていました。2009年6月25日マイケルの急死が伝えられた時、リサ・マリーさんは直ちに MySpace ブログ(前記と同じ場所)に追悼メッセージを寄稿しており、9月3日の「フォレストローン・グレンデール墓地」埋葬式にも出席しています。
この墓地の大霊廟内にある「ホリー・テラス」(Holly Terrace)には、きょうもひまわりを含むたくさんの花が運ばれることでしょう。

ひまわり」を題材にした最も有名な芸術作品は、おそらく1970年のイタリア映画でしょう。監督:ヴィットリオ・デ・シーカ、主演:ソフィア・ローレン/マルチェロ・マストロヤンニ、音楽:ヘンリー・マンシーニ。

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とにかく音楽が大好き。クラシック・ポピュラーのCDで自室を埋め尽くしています。

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